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ベトベトサン・その8

 スマホの画面が暗くなると、じっと魅入(みい)っていたガオルの顔が反射する。

 そこでようやく、動画の中へ没入していた自分を取り戻し、ハッと息を呑む。


「お、おう……なかなか(おど)かすやんけ。 せやけど、これくらい編集でちょちょいと足せるレベルやろ。 どうも作りモン臭いで、ワイの鼻がそう言うとるわ」


 (わず)かに震えた声でガオルが強がる。

 心にもないことを言っている自覚はあるのだが、ここでケチを付けなければ記事のネタを奪われる恐れがあるのだ。


 そんな心の隙を誤魔化(ごまか)すためか、いつもよりも念入りに、鼻頭へ貼った絆創膏(ばんそうこう)を指で(こす)っていた。


「ひっど~い! ガッちゃん、本当に泣いてたんだよ!?」


「ピピるぴぃ~!」


「そうそう! タイちゃんも一緒に助けに行ったもんね!」


「ほぅれ、どうにゃ? こうしてちゃんと証言者(しょうげんしゃ)もいるにゃす! そちらのポンコツな鼻は詰まってるんじゃないのかにゃぁ? うぷぷ」


「な、なんやと! 身内は無効やろ!!」


 もとよりイチャモンを付けているだけ。

 あっさりと反撃されて、ガオルは面白いくらいに狼狽(うろた)える。


 そんな彼へと、さらなる追撃が飛ぶ。


「ガオルさん……私も、()()()()は本物だと思います」


 画面を見つめるクラヤミの赤い瞳が、キラリと燃えるように光る。

 新聞部に席を置く身として、審美眼(しんびがん)に優れた彼女の言葉には重みがあった。


 鼻自慢のガオルと同じように、目の良さにだけは自信のあるクラヤミ。

 それだけに、彼女の眼は嘘を付けないということらしい。


「ちょ、おい! クラヤミはどっちの味方やねん!?」


「で、あれば……我も『真実』へ一票投じよう。 我を取り合うからには、我の判断に従わないとは言うまいな?」


「ぐぬ……分かったわ! これはモノホン! それでええんやろ!!」


 反対派はついにこの場で一名となってしまい、流石のガオルもお手上げと白旗を上げる。


 明らかに相手有利の状況へ持ち込まれてしまったことに不貞腐(ふてくさ)れ、少年はそのままプイと顔を背けて、胸にくっ付けたトラを(いじ)り回していた。


「にょほほほ! なら勝負開始にゃ! 情報の遅い新聞屋は、ゆっくり情報収集でもしてるといいにゃす!」


「それじゃ、また明日ね~! 絶対アタシ達が勝つもんね!」


「ピぃ~ぃ! ドドドン、ドドドン、ドドドン、ドン!」


「「「イエ~イ!!!」」」


 まだ勝負は始まったばかりだというのに、一本締めのリズムを奏でて勝鬨(かちどき)を上げるお祝いムード。

 太鼓の終わりに三人娘が仲良くハイタッチすると、そのまま廊下を駆け抜けていった。


 動画を撮影したからには、遭遇(そうぐう)場所も状況も再現できるということ。

 今から後追いする新聞部が追い付けるはずもないのだから、仕方ないだろう。


 一連の流れを(ほう)けた様にポカンと口を開けて眺めていたクラヤミだが、ようやく自分のペースを取り戻すと、残った二人の方へと振り返る。


「まぁ、嵐のような方々でしたね。 それにしても、意外……ですね。 ネクロさんも同意してくださるなんて」


「ククク、なに……この映像の最後に、()()()()()を見つけたからな。 勝負には適材と判断したまでのこと」


「見つけた……? 一体、なんのことでしょう?」


「フン、それは自分で探すがよい。 ソレは何度でも見返せるのであろう? ならば、我がそこまで世話してやる義理は無い、これは勝負なのだからな」


「そ、そうですか……では、ガオルさんと一緒にもう一度見て見ようかと思います」


 不愛想(ぶあいそう)なネクロに遠慮しながら、クラヤミがペコリと頭を下げて礼を告げる。

 そのまま、不貞腐れたガオルを連れて部室へ移動しようかという時、わざとらしい仕草でネクロが気を引いた。


「おっと、そうであった」


「はい?」


 視線を戻すと、ネクロは包帯(ほうたい)で隠した方の目に手を当て、クラヤミをジッと見据(みす)えていた。


 それは今日過ごしていた日常に生きる生娘のものとはまるで異なる。

 昨日、あの小さな異世界(マヨイガッコウ)で対峙した、魔を魅了するような光を宿していたのだ。


 ちょっとした用事ではないのだと悟り、クラヤミも背筋を伸ばしてキッと真剣な面持ちで言葉を待つ。


「先の映像とやら、目を皿のようにして見るなら、気を付けることだ。 ()()ということは、()()()()ということでもあるのだからな」


「え……?」


「我が貴様等のクラスへ出向いたように、『貴様』を狙うモノはいくらでもいるということだ」


「私を……?」


 なぜ自分を指定したのか。

 そもそも、今回初めて聞く怪異であるというのに、自分と何の関係があるというのか。


 まるで心当たりの無い答えに驚き、大きく目を開く。

 しかし、その後に続く言葉は無く、自分の胸に聞けとばかりにネクロは口を閉ざしてしまった。


 互いに沈黙し、空気の重くなるような静寂(せいじゃく)が訪れる。

 そこへ、野太い獣の欠伸(あくび)が割り込み鳴り響く。


「グナ゛ァァォ」


「お前ら、何コソコソしとんねん。 『ベロ』の舌の根も乾いてきとるし、さっさと部室で茶でもしばきながら作戦会議するで。 こっちは一手も二手も遅れてケツに火が着いとるっちゅうに、無駄口叩いとる場合ちゃうで、ホンマ」


「あ、ガオルさん機嫌直ったのですね」


「当たり前や! いじけてたってナンボにもならん! 目の前のネタが盗られるのを黙って見てられるかい!!」


「ふふ、いつもの調子に戻られて安心しました」


「丁度良い、我の分も()れる権利をやろう。 存分に馳走(ちそう)するがよい」


「なんでやねん! それくらい自分で買うてこいや! 誰のせいで、こない苦労することになったと……!!」


「まぁまぁ……部費には接待費(せったいひ)も入ってるんですから、いいじゃないですか」


「チッ、しゃあない。 ええか、今日だけやからな!」


 既に見えなくなった縁起物(えんぎもの)トリオの方を一瞥(いちべつ)すると、ガオルは足取り荒く部室へと先導するのであった。

続きます。

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