ベトベトサン・その6
「まぁ、これは今朝お見かけしたお隣の……」
「三馬鹿やな。 はぁ……聞くまでも無いところやけど、なにしに来よったんや?」
ガオルが呆れた様子で前へ出ると、話しは自分を通せと言わんばかりに立ち塞がる。
その際、さりげなくネクロを背に隠し、さながら要人のSPのよう。
しかし、胸にドンと虎の頭を付けた厳つい少年がいようとも、後先考えない突撃娘たちには関係ない。
少しも怯んだ様子を見せず、悪質クレーマーのようなふてぶてしさで口を尖らせた。
「ハン! 白々しいにゃす! そこにいる転入生のことにゃ!!」
「独占取材する気でしょ! ズルい! アタシ達もやりたい!」
「ピぃ~! ピぃ~!」
ここへ駆け付けた時点で用向きは決まっていたのだろう。
三人娘は口を揃えて文句を垂れる。
笛を咥えている金髪の子も、そうだそうだと同意するように甲高い音色を鳴らしていた。
「ほぉ? 我を歓迎する者は、なにも貴様等だけではないようだぞ?」
「ガオルさん、どうしましょうか……?」
「アホ、ワイらのクラスのことや、ワイらが優先で何が悪いねん! クラヤミもこないな奴らの口車に乗ったらアカンで!」
「しかし、貴様はつい先程、『我のことなど……』と口にしたと記憶しているが? いつの間に心変わりしたのだろうな……ククク」
「そ、それはやな……!!」
どうにもウマが合わなかったガオルとネクロ。
そんな彼に生意気な態度を取られた意趣返しか、悪戯っぽく笑ったネクロが痛い所を掘り返す。
彼女の言葉で地獄耳をピクリと反応させた猫耳娘のガッポリは、間髪入れずにネクロの発言を拾い上げた。
「にゃぁ~んだ、そういうことならコッチに取材させるにゃす! ウチらは熱烈大歓迎! 超絶VIP待遇させてもらうにゃ! にゃ~ッはッは」
「肩でも足でも揉んじゃうよ! タコツボマッサージなら任せて!」
「ピぃ~ドコドコドコ」
「タイちゃんも楽しい音楽聞かせるよって、張り切ってる!」
「だ、そうだが? おやおや、これでは我の心も揺らぐというもの。 貴様は土下座くらい見せてくれるのだろうな? クックック」
「ガオルさん、どうにも分が悪そうですよ? 意地を張らず、素直にゴメンナサイしたほうが……」
どんどんと顔色の青くなるガオルを覗き込み、クラヤミが心配そうに声を掛ける。
しかし、その優しさでは足りないくらいに、追い打ちを掛けるようなネクロの笑い声が、彼の胃をキリキリと締め上げていた。
「ぐぬぅ……言うな、クラヤミ! ここで頭下げたら記者の名折れやねんで……せや! 取材のネタを取り合うんやったら、取材のネタでケリつければええねん!」
「えっと、あのぉ……つまり、どういうことでしょう?」
新聞部の相棒に自分の弱ったところを見られたのがよほど堪えたのだろう。
ガオルは意気消沈した面持ちで肩を落としていたが、それでも歯を食いしばって最後の強がりを見せつける。
そして、その拍子に妙案を閃かせたようで、言葉をまとめないうちから勢いで口走らせていた。
だが要領を得られず困った顔のクラヤミを見てハッとしたのか、ガオルは改めて自分の頭の中を説明する。
「つまりや、まだ誰も正体を掴めてへんネタを先に暴いた方が、転入生の独占権を得られる一発勝負っちゅうわけや。 このお高くとまった『賞品』を取材するには、それ相応の『格』を持った記者やないと失礼ってもんやろ?」
「フン、なるほどな……ククク、我に相応しくあろうという心掛け、悪くないぞ」
自分を価値のあるモノだと称されたのがお気に召したのか、ネクロは満足そうに頷いた。
ガオルの土下座も名残惜しそうであったが、一先ずはこれで納得した様子。
「ギニニ……余計にゃことを……!! 分かったにゃ! 受けて立つにゃす! ただぁし! 勝負を呑むからには、探すネタはコッチが決めるにゃす!」
「イイネ! なら、あれはどうかなガッちゃん! 最近広めてる噂の『べとべとさん』!」
「にゃ? にゃっふっふ……それは確かに好都合にゃ。 でかしたにゃす、マダコ!」
「べとべとさん……? なんやそれ、ワイは聞いたことあれへんぞ?」
「あ……!! 私、先程クラスで耳にしましたよ! なんでも、ガッポリさんからお聞きした噂だそうで。 丁度、気になっていたお話なんです」
「コイツが広めた噂やとォ!? それ、ホンマなんやろな? デマでしたじゃ、勝負ならへんの分かっとるよなぁ!?」
ガッポリがインフルエンサーとなっている噂。
それを聞いた途端、ガオルがこれ以上にないほど胡散臭そうな顔で三人娘へと詰め寄る。
ガンを飛ばして、相手が少しでも後ろめたそうな雰囲気を出せば、そのまま言いくるめるつもりなのだろう。
しかし、彼の思惑を跳ね返し、ガッポリは自信タップリの勝ち誇った表情で迎えうつ。
「おぉっと、これは心外ですにゃぁ? 人様のネタを疑うなら根拠ってもんを出して欲しいにゃす! これでは、新聞部のお里が知れますにゃぁ、うぷぷぷ」
「なんやとぉ!?」
「どうどう! アタシ達、根も葉もない作り話をしたりはしないもん! ねぇ、タイちゃん?」
「ピピィィ」
「そういうことにゃ! 証拠なら、ちゃぁんと動画にして残ってるにゃす!」
そう言うと、ガッポリは自撮り棒にくっ付けたスマホを弄り、棒を伸ばしてガオルへと突き付けた。
まるで動物園の猛獣に対する扱いである。
続きます。




