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ベトベトサン・その5

 その後の授業中は先生の目があり、大きな()め事も無く一日が(うつ)ろいで行く。

 クラスメイト達は転入生に興味津々(きょうみしんしん)なのか、休み時間は彼女の周りに人垣(ひとがき)を作り守られていたのもあるのだろう。


 しかし、放課後を告げるチャイムが鳴ると、ネクロは自分の下へと集まる生徒を()き分け、ふてくされたガオルの眼前へと陣取った。


「さて、時間だな。 ククク……学校案内とやらをしてもらおうじゃないか。 我のために尽くしてくれるのであろう?」


「キィ~!! それが人にモノを頼む態度なんか!! 自分、どんだけ偉くなったつもりやねん!!」


「ま、まぁまぁ……落ち着いて。 なにもガオルだけが任されたわけじゃないんだからさ」


 着席しているガオルを見下すように立つネクロ。

 その嘲笑(あざわ)う目線が気に食わないのか、いきり立った少年が売られた喧嘩(けんか)を買いに行く。


 だが、ここで問題を起こせば分が悪いのはガオルの方。

 それを見越してゲットが駆け付け、彼をなだめながら引き離す。


 そんな彼らの間へ割って入るように、ター坊の手を引きながら申し訳なさそうな顔を浮かべるヤガミンがやって来た。


「ちょっと、いいかしら? そのことで話しがあるんだけど……ほら、ター坊!」


「分かってるって! 引っ張るなよ!! はぁ……悪りぃ、みんな! オレ、また先生に捕まちゃってよぉ……」


「それで昨日に引き続いて、罰則の掃除が待ってるの。 もちろん逃げないように私が監視(かんし)しなきゃいけないわけなのよ」


「んなもんだからさ、オレ達は参加できなそうだぜ! あとは任せたからな!」


 それだけ言い切ると、ヤガミンと一緒に頭を下げて連行されていく。


 どこの掃除なのかは定かではないが、一人ではなかなか時間が掛かるだろう。

 今日はもう合流出来ないのだと、他のメンバーは内心で悟った。


「まいったなぁ、委員長たち()か……」


「あら、ゲットさんも何かご都合が?」


「あぁうん、クラヤミさん……実はそうなんだ。 ボクってほら、バスケ部のエースだろ? 今日は練習試合のメンバーが足りなくってさ、どうしても抜けられないんだ」


「まぁ……それは仕方ないですね。 部活の皆さんに迷惑を掛けられませんし、そちらを優先した方がよろしいかと」


「そうかい? いやぁ、助かるよ!」


「では、私も隣のクラスに用事があるので、これで失礼して……」


「イヤイヤイヤ!! それは困るよクラヤミさん!! あそこの二人を見てよ!!」


 そう言って、ゲットは目の前で火花を散らす二人を指す。


 (がん)として見下した姿勢を崩さないネクロと、煮え湯を飲まされたように顔を真っ赤にしたガオル。

 今にも取っ組み合いへ発展してもおかしくない不仲であることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)


 放っておけば間違いなく問題を起こすだろう。


「あんなの二人きりにしたら、絶対にマズイって! 頼むから、クラヤミさんがなんとか取り持って無事に終わらせてほしいんだ……」


「うぅん……そう、ですね。 後ろ髪を引かれますが、そういうことでしたら隣のクラスは明日にしておきます」


「良かったぁ……!! それじゃ、仲良くね! よろしく!」


 ゲットは若干の不安を払拭(ふっしょく)するように笑顔を作ると、あとはどうにでもなれとばかりに、振り向くこともなく教室を飛び出していった。


 成り行きで任されてしまったクラヤミは、一先ず二人の間へ緩衝材(かんしょうざい)のように挟まる。

 そうしてクラヤミの背の高い身体が互いの視界を(さえぎ)るおかげか、なんとか校舎を周ることが出来るようになった。


「……えっと、行きましょうか。 とは言いましたが、案内するほど複雑でもないのですけれど」


「まぁ、せやなぁ。 無駄にデカイところやけど、生徒教室のある教室棟、理科室なんやらが詰まっとる特別棟、部室がわんさか集まっとる部室棟が、それぞれデーンと並んでるだけやしな」


「部屋名のプレートも出入り口にありますし、案内板も各所に掲示されてますからね」


「フン、それしきのことなぞ、あの図体の大きな人間に聞いている。 貴様等の知識はその程度なのか? まったく、我の貴重な時間を無駄な説明で潰しおって」


「な、なんやとコイツゥ……!!」


「あの……ッ! でしたら、私達の部室へ遊びに来てはどうでしょう? ガオルさんも独占取材だと言っていたではありませんか」


「ほう……そうなのか?」


「ぐぬ、確かに言うたが……」


「ククク……そうかそうか。 我にそこまで執心(しゅうしん)していたとはな」


「ちゃうわ! ワイかて、お前やと分かっとったらなぁ……!!」


 その時、ガオルのシャツにくっ付いている(とら)剥製(はくせい)が、何かに反応したのか耳をピクリと跳ね上げる。


 ずっとぐうたら寝ているだけであったそれは、長いベロでペロリと顔を洗うと、パチリと開いた眼で廊下の反対側へと視線を動かした。


「ン゛ナ゛ァン?」


「あら? ベロちゃん、どうしたんでしょうか?」


「……この音、(やかま)しいからすぐ分かったで。 あいつらや……」


 つい朝方にも見たやり取り。

 そしてまたまた見知った三人娘が、(あわ)ただしくドタバタと物音を立てながら声を連ねる。


「ちょ~っと、待ったにゃ!!」


「そのお話!!」


「ピぃ~」


「……えっと、アタシ達を抜いてしないでもらおうかって、タイちゃんが言ってるよ!」


「そういうことにゃす!!」


「はぁ……やっぱり、またお前らかいな……」


 声の方へ振り返る。

 するとそこには、隣のクラスの三馬鹿娘、通称『縁起物(えんぎもの)トリオ』の面々が決めポーズを取っていた。

続きます。

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