ベトベトサン・その4
謎の少女のプロフィールとイラストを登場人物紹介に追加しました。
一度ご覧いただけると、理解が深まると思いますので是非。
子供とは思えない大胆な立振舞い、さらに芝居がかった大仰な仕草で胸を張ると、彼女は声を大にして自分という人間を語り始めた。
「ククク……ハァ~ッハッハ! 喜ぶがよい、『こちらの世界』の人間よ! 今日からこの『冥王の娘』である我を直に崇められるのだからな! だが、勘違いするでないぞ。 我は誰にも真名を明しはせぬ! 仮初の名、鷹羽黒美であれば敬うことを特別に許そう!」
そこまで言い切ると、彼女は満足したように腕を組んでふんぞり返る。
だが、クラスはシンとした静けさが場を支配し、誰もがポカンと口を半開きにしていた。
ここまで型破りで常識外れな少女が現れれば、無理もないだろう。
そんな気まずい空気をブチ破るかのように、オカマ先生が声を張って紹介を引き継ぐ。
「ハァイ! 黒美さんはね、ご家庭の事情で遠い所から越して来たのよン。 みんな分かったと思うけど、まだこっちに慣れてないから、優しくしてあげてねェ。 寮もこれから入るみたいだから仲良くすること、先生との約束だからねェ~?」
先生は優しい言葉使いでニコニコと語っている。
しかし、ピクピクと震える大胸筋が、もしも仲間はずれにでもしたらタダではおかないぞと、無言の圧力をかけていることにはクラス全員気が付いていた。
言外に強く主張するソレを見せられては、誰も不満そうな顔を浮べず、パチパチと歓迎する拍手が鳴り始める。
ところが、そんな雰囲気に流されない子供たちが数人。
その子らは、皆一様に目を剥いて席を立ち上がる。
「「「「「あ~ッ!? お前は!?」」」」」
声を上げたのは、昨晩、大変な目に遭ったガオル、クラヤミ、ゲット、ター坊、ヤガミンの5人。
彼らは互いに視線を交わし合うと、やはり見間違いではないと確信したように頷き合った。
この教室の前に立つ姿、これは誰もが目を疑いたくなる光景だろう。
なぜなら、霧の中へ煙のように消えてしまった謎の少女と、目の前の彼女がまったくの瓜二つなのだから。
「ちょ、ちょっとどうしたのアナタ達!? 先生、ビックリしちゃったじゃないの!」
事情を知らない先生からすれば、少年達がなぜ驚いているか、まるで皆目見当がつかないのだろう。
慌てて彼らを座らせようと教卓を立つが、謎の少女はそれを制して自ら口を開く。
「ククク……ようやく気が付いたのか間抜けどもめ。 だが、一晩で我の顔を忘れるような、猿未満の知能ではないことに安心したぞ、クックック」
「お、お前……なに企んどる気や!? ワイは騙されんぞ!!」
「ガオル、落ち着いて! 彼女は普通にクラスメイトになっただけじゃなか」
「で、でもオカシイんじゃない? たった一日で編入なんてできるものなの……?」
「ヤガミンの言う通りだぜ! コイツ、またなんか変なことしたんじゃねーの?」
「まぁ! 素晴らしい! 今度はどのようなことを!? 詳しくお聞かせ願えないでしょうか!!」
「なに言うてんねん、クラヤミ! 自分、昨日のこと忘れたんか!? こない胡散臭いのと慣れ合うなや……あだっ!?」
後ろの方の席にいるクラヤミへ振り返ったガオルが、突然前のめりに倒れる。
そして、ズキズキと痛む後頭部を摩りながら、衝撃に襲われた方へと再び向き直った。
そこに待ち受けていたのは、デコピンの構えを作った大きな右手、オカマ先生の逞しい拳であった。
手加減しているとはいえ、ゴリラ並みの握力があるのではないかと噂されている制裁である、痛くないわけがない。
「ぐほぉ~キくわぁ……」
「こ~ら!! 先生、さっき言ったばかりでしょう? 仲良くしない子は怒っちゃうわよン」
「ククク……やはりそこのトラ頭だけは動物並みの知能だったらしいな」
「ぐぬ、なんやとッ!!」
「もう! 黒美さんも挑発しないの! 先生、悪い子はキライになっちゃうわよン?」
強気な姿勢を崩さない謎の少女ではあるが、目の前の重戦車のような巨躯には敵わないとわきまえているのか、見下した姿勢のまま大人しく口を噤む。
ガオルよりは賢い選択と言えるだろう。
恨めしそうにガオルが睨み返しているが、まるで意にも介さない。
「それより先生、驚いちゃったわン。 アナタ達もう知り合いだったのね? なら仲良くなるためにも、みんなで黒美さんの学校案内をお願いしちゃおうかしら?」
「え~ッ!? なんでオレ達まで!?」
オカマ先生の提案にすかさずター坊が不満を漏らす。
自由時間になれば教室を飛び出していくような子にとって、ゆっくりと案内しろというのは罰ゲームにも等しい行為なのだ。
そんな彼の脇腹をコツンと小突き、隣の席のヤガミンが耳打ちする。
「(何言ってるのよ、これはチャンスじゃない。 あの子から色々聞きたいことあるでしょ?)」
「そっか! せんせー! やっぱ、オレ達やるぜ! よろしくな……えっと~鷹羽黒美だから、『ネクロ』な! よろしくなネクロ!」
「フン、我があまりに畏れ多すぎて、そのまま名を呼べないか。 ククク、よかろう……殊勝な心掛けに免じてネクロと呼ぶことを許すぞ」
「アラ~! 善い子ね~ター坊ちゃん! そうそう、仲良くお願いね」
ヤガミンの入れ知恵で考えを改めると、ター坊が朗らかに賛成の手を挙げる。
ついでに、長い名前を覚えられないター坊が謎の少女のあだ名も命名。
当の名付けられた本人は何か勘違いしているようだが、双方食い違ったまま話がまとまった。
そう思われた矢先、いまだ納得のいっていないガオルがまたも牙を剥く。
「待て待て待てェッ! ワイはまだ、もがぁ!?」
「あらン?」
「あ、あはは……先生、ボクら全員異論無しです! ほら、ガオルもこんなに頷いて……」
「もがが、もがぁ~!!」
キレ散らかしているガオルが反発することを予期していたのか、彼の背後へ周ったゲットが二人羽織のように頭を掴み、口を塞ぐ。
そのまま獅子舞のごとくブンブンと上下させ、無理矢理その場を凌ぎ切った。
「あら、そうなの。 フフ、それじゃホームルーム始めるわねン。 えっと、ネクロちゃんって呼べばいいのよね? あそこの空いてる席に座ってちょうだい」
先生の指示は素直に聞くことにしたのか、ネクロはスタスタとガオルの横を通り過ぎていくのであった。
続きます。




