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ベトベトサン・その3

 クラスの戸をくぐると、まだ何も知らないクラスメイト達が、いつものようにホームルームまでの時間つぶしを好き勝手やっている。


 ホームルームまではお手洗いに用事でも無い限り、原則として教室の外へは出れない。

 なので女子は他愛もない噂話(うわさばなし)、男子は後ろの方でゲートボールの真似事(まねごと)をしているのが目に入る。


 一緒に登校してきたガオルはカバンを放り出すと、男子のグループへと合流してしまった。

 一方、クラヤミは朝だけはどうにも力が出ないため、少し腰を下ろして休もうかと椅子(いす)を引く。


 女子グループへそっと目をやるが、あのかしましさは嫌いではないけれども、今はついていける元気がないのだ。

 会話のタネなど、(りょう)住まいの彼女達にとってすぐに()きてしまいそうなものなのだが、最近は何かと学校を(さわ)がせる怪談が多いので困らないらしい。


 そうこうしていると、席に着いたクラヤミの耳にも、ふと会話の断片が()れ聞こえてきた。


「……あら?」


 本当は聞き耳を立てるなんて失礼だと分かっているのだが、それが怪談がらみであるならば話しは別。

 髪を掻き上げるフリをして、クラヤミはそっと長い耳を(さら)し、注意深くその話しを盗み聞きすることにする。


「ねぇ、知ってる? 最近出るんだって」


「何が?」


「それはねぇ……ふふっ」


「ちょっと、もったいぶらないでよぉ!」


「そんなに知りたい? 実はねぇ……『べとべとさん』が出るらしいよ?」


「なぁに、それ?」


「私も他のクラスの子に聞いた話なんだけどね、ストーカーみたいなオバケなんだって!」


「やだ、怖い!」


「素晴らしい!!!!」


 『オバケ』という単語に(こら)え切れなくなり、突然クラヤミが力強い声を上げる。


 椅子を勢い良く倒し、高い身長を惜しみなく突き出しながら彼女達へズイと(せま)った。

 座っている二人からすれば、見下ろしてくるクラヤミの顔に影が差して、相当に圧を感じたことだろう。


 そのせいか、彼女達は肩をビクンと跳ね上げて震えた声を()らしてしまう。


「へっ!?」


「きゃぁっ!? き、聞いてたの……クラヤミさん?」


「ええ、ええ! そのお話、もっと詳しくお聞かせ願えないでしょうか!?」


「あ、あのクラヤミさん、落ち着いて……」


 クラスの注目を集めているようだが、我を失っている彼女には関係ない。


 しかし、噂話をしていた二人はそうでもないようで、恥ずかしそうに声を潜めて手招(てまね)きする。

 それに従い顔を寄せると、ヒソヒソと続きを話してくれた。


「えっとね、その子がオバケに会ったのは、下校時間の最後の方だったんだって」


「部活のある子は遅くなるもんね、私も早めに帰らなくちゃ……」


「なるほど……夕暮れ時ですか」


 もしも同じ状況を再現するならば、放課後という自由時間であることはかえって都合が良い。

 そんなことを考えながら、クラヤミは興味深そうに相槌(あいづち)を打つ。


「うん、それでね。 見えないんだけど、べと、べと……って、()れた裸足(はだし)の音が背中から聞こえて来るんだって。 その子は驚いて逃げたんだけど、それでもずっとついて来て……ずっとずっと、べた、べた……って、足音がピッタリ……」


「やだぁ、気持ち悪い……」


「あの、匂いとか、触ってみたりだとか、してみませんでしたか?」


「えぇ!? さ、さぁ……私も噂を聞いただけだから……」


 気味悪がるどころか、どんどんと根掘(ねほ)葉掘(はほ)り突っ込んでいく。

 その押しの強さに気圧されて、クラスメイトは困ったように目を伏せてしまった。


「ねぇ、その子……その後はどうなっちゃったの?」


「あぁ、うん。 なんかね……もう先に行ってください、ついてこないでって言いながら物陰へ隠れたら、いつの間にかいなくなってたんだって」


「それだけ……ですか? ただ後ろをつけまわしただけ、と?」


「えぇ……それだけって、十分気持ち悪くない?」


「うんうん、私は絶対ヤダもん。 会いたくない!」


「そうですか……」


 なんとなく誤魔化(ごまか)したような結末が満足しないのか、クラヤミは苦虫を()(つぶ)したような(しぶ)い顔を浮かべる。


 そんな見るからに残念そうな顔をされては、話した方も気を使ってしまったらしい。

 二人で顔を見合わせると、クラヤミの肩をポンと叩いて優しく声を掛ける。


「もしかして気になるの? だったら、隣のクラスのガッポリさんに聞いてみなよ」


「あの猫耳の方ですか?」


「そうそう! あの子、色んな新しい噂を話してくれるんだよね。 どこまで本当なのかは分かんないけど」


「でも、面白いから何でもオッケーって感じ!」


 そう言うと、仲良し二人は「ね~!」と声を(そろ)えて同調する。


 記事のネタ探しでフラフラしているクラヤミは他クラスの交友に明るくなく、こういった情報源もあるのかと目からうろこの様子。

 今朝の件もあり、ますます隣のクラスには(えん)が出来てしまった。


 貴重な話を聞けたと満足そうにクラヤミが礼を言うと、教卓側の扉がガラリと開き、担任の良く通る声が響き渡る。


「みんな、おはよ~! さぁ、朝のホームルームよぉ! でもその前に、皆には新しいお友達を紹介するわねン」


「おぉ、待っとったで! 女の子なんやろ!」


「あらン? ()()()知ってるのかしら?」


 事前に情報を仕入れられて調子に乗っているのか、ガオルが(はや)し立てる。

 ところが、その要らない一言でオカマ先生の目付きが鋭く光り、彼をジトっと睨み付けた。


「へ!? あ、い、イヤやなぁ、先生。 ちょっと()()かけただけやて。 オカマ先生だけに、なんてな、ガハハ!!」


「あらそうなの。 それじゃ、入って来てちょうだい。 こちらがみんなの新しいお友達よン」


 オカマ先生が転入生の名前を書くためにホワイトボードへと移動する。

 すると、先生の大柄な身体に隠れていた少女の姿が(あら)わとなった。


 彼女はクラス中の視線の前だというのに、(つゆ)ほども物怖じせず、しっかりとした足取りで前に立つ。

続きます。

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