カミナリオコシ・終
謎の少女が残した意味深な言葉。
その真意にまるで掴みどころが無く、誰も検討が付かない。
これ以上は考えあぐねても無駄だろうとガオルが切り出したところで、トコトコと軽い足取りが耳に着く。
「あら? まぁ、カゲンブさん……!! いったい、どこへ隠れていたんですか?」
クラヤミが逸早く気が付いたそれは、黒いピラミッドに大きな一つ目、変わった形の『動くカメラ』の姿であった。
それはカメのような四つ脚をちょこまかとせわしなく動かし、持ち主であるクラヤミの手元で立ち止まる。
すると、それで役目は終わりだと言わんばかりに手足を引っ込め、普通のカメラに戻ってしまった。
クラヤミの質問へ答える気は、まったく無いらしい。
無機物らしい堅い面持ちのレンズが、無言のまま彼女を覗き返していた。
「あら……でも、戻って来ていただけて嬉しいです」
「ねぇ、ガオル。 もしかして今のキミなら、コレの言ってることが分かるんじゃないのかい?」
「無茶言うなて。 ワイが聞こえるんは、動物の声だけやで? 確かにカメっぽくはあるけどなぁ、カメラはどこまでいってもカメラっちゅうことや」
「そっか。 じゃぁこのカメラ、相変わらず何考えてるか分からないままってことだね」
「それは残念です……ですが、この子がいれば学校へ帰れますよ。 きっとこの子は、そのために来てくれたんです」
クラヤミはそう呟くと、大事そうに黒い一眼カメラを抱きしめる。
何の反応も見せなかったカメラだが、その一瞬だけ、レンズのカバーがまるで瞼を細めるように少しだけ閉じられていたように見えた。
「おう、せやったな。 この妙な世界の端っこで撮ればええんやったか?」
「はい。 今回のマヨイガッコウは広そうなので、正門の辺りまで行く必要があるかもしれませんね」
「なぁ、帰るのはいいけどよぉ……ガオルの頭、そのままでいいのか?」
「「「あ……」」」
ター坊の何気ない疑問、その一言で、全員が思わず口をそろえる。
異常なことに慣れ過ぎたせいか、ガオルの頭が虎であることに違和感を覚えていなかったである。
「アカン!! このままやったら、スクープ書くどころか、ワイがお茶の間の笑いモンや!!」
「で、でも……脱げないんだろう、それ?」
「分かっとるがな! せやから後回しにしとったんやろがい!!」
「ちょ、ちょっと……ヤケにならないで! まずは落ち着いて考えるの! これだけ人数が集まったんだもの、何か知恵が出るはずよ!」
「あ、あの……ではこちらのカゲンブさんで、切り取ってみるというのは……?」
「なんやそれ? どういうこっちゃ?」
「以前、新聞に逢魔時計のお話を書きましたよね? あの時のように、写真へ移せれば、と思いまして……」
「あら、いいじゃない! 物は試しよ、ここはひとまずクラヤミさんにお願いしてみましょう?」
「委員長の言う通りやな……なんでもええ! よろしゅう頼むわ!!」
「では……」
最後の神頼みだとばかりに手を擦り合わせて拝むガオル。
そんな彼をファインダーに収める、パシャリとシャッターを切る。
目を奪われる眩いフラッシュが焚かれ、皆が一斉に目を瞑るが、ゆっくりと開いた視線の先には変化が起こっていた。
少年の頭から剥製の姿は影も形も見当たらず、学校で見知った友人の顔に戻っていたのである。
それは本人もすぐに気が付いたらしく、自分の頬に毛がないことを何度も何度も触っては確認し、歓喜の声を上げていた。
しまいには、その場でクルクルと踊り出し、まるで贔屓の球団が優勝したのではないかと思わせるほどに舞い上がっている。
「も、戻っとる!! やったで!! これでワイは自由や!! いよっしゃぁ~!!!」
「良かったです……あら?」
クラヤミの手にするカメラは即席写真。
シャッターを切れば、すぐにその場で現像された写真が出て来る仕様である。
いつも通りにジジジと音を立てて排出させるソレを見て、彼女は不思議そうな声を零していた。
「あの、ガオルさん……何か変です。 何も、映っていない……切れ取れていませんよ、これ……」
「ん? なんか言ったんか、クラヤミ……どわぁ!? なんやコレ!?」
チンドン騒ぎで浮かれていたガオルが振り返ると、これまた見慣れた虎の顔が再び現れていた。
今回は頭にではなく、彼のお腹、最初にくっ付いたシャツへと戻って来たようである。
野太い鳴き声を上げて、意思が復活したことも律義に主張していた。
「ン゛ナ゛ァ゛ァ゛ン」
「屏風の虎……になるのは嫌だったみたいですね。 飛び出していったみたいです」
「トホホ……結局ワイに憑りついたんかい……」
「い~んじゃね? 結構可愛いしさ、コイツ! ほら、人懐っこいぜ! ひゃぁ、くすぐってぇ!」
「噛まないなら……まぁ、そうね。 仕方がないし、連れて帰るしかないんじゃないかしら?」
「ハハ……まぁ、委員長もター坊もヘンな生き物と一緒だって、学校で上手くやれてるみたいだしさ。 これでガオルも仲間入りだね」
「くぅ……ワイだけは常識人側やと思っとったのに……」
ガックリと項垂れるガオルの顎を虎の長い舌がベロりと舐めて慰める。
生前は『ベロちゃん』と呼ばれていた虎なだけはあり、親愛の印のスキンシップは執拗らしい。
ともかくこれで問題は解決とみなし、少年少女は元の学校へと帰還することに。
クラヤミの予想通り、正門を写真に収めると空間に割れ目が生じ、通り抜けた瞬間に人の営みの音が辺りへ充満し始めたのだ。
あの自分達以外は怪異しかいない孤独な異世界とは全然違う。
そんな窮屈で不気味な場所から帰ってこれた安心と疲労からか、その日は解散となった。
ところが、ガオルだけは学校へ引き返す素振りをみせる。
それを不思議に思ったクラヤミが、彼の背中越しに声を掛けた。
「あの、ガオルさん……まだ何かやることが……?」
「いやな、ちょっと思い付いたことがあんねん。 さっき、他の剥製達が散り散りになってもうたやんか?」
「たしか、委員長さん達はそう言ってましたね」
「ガハハ、そりゃ、かえって好都合やと思ってなぁ」
「はぁ……?」
いまいち要領を得ないクラヤミであったが、彼の満足そうな顔ならば不安はあるまいと納得し、頭を下げて下校することに。
服が破れたままでは、他に寄り道も出来ないのだから。
だが、ペコリと頭を下げた瞬間、彼女の眼先に小さなナニカがよぎる。
「それではガオルさん、ジャケットは明日までお借りしますね。 あら、今……なにか……?」
「なんや? あ、アイツ……2組の死んだハムスター? い、いやまさかやな……が、ガハハ!!」
それは墓へ埋められたはずの死体。
墓場から蘇った動く骨は、確かに全て消えたはずだった。
しかし動く死体とはついぞ出会わなかった。
ならば、どこかに今日も動き回る彼らがいても、おかしくはないのかもしれない。
この日以降、伊勢海小学校で『死んだペットや剥製』が、夜な夜な学校を歩き回っているという噂が広まったという。
これで、今回の怪談はお終いです。
首だけになっても動き出す動物の剥製、『リビングヘッド』。
墓場から抜け出して彷徨う骨。
骨を砕き、集めて固めた、巨大な骸骨の『ガッタイコツ』。
彼らが獲物を探すのは、身体のパーツにしたかったのでしょうか?
そんな怪しい夜は、外へ出ないのが一番かもしれませんね。
それでも外へ出ようものなら……灯篭の明かりがあなたを照らし出すかもしれませんよ。
次回のお話も楽しみにお待ちください。
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