カミナリオコシ・その1(挿絵)
ジャラジャラと鎖が音を立て、窓のサッシ上部を擦っている。
まるで明後日の方向へと向かう剥製達だが、ター坊は何も言わずに傍観を決め込むらしい。
すると、ついに鎖の動きが止まり、それを咥えていたはずの小動物の頭が窓から飛び込んで来た。
「おぉ! やったな、お前ら!」
ター坊からの労いの言葉を受けると、彼らはそのまま教室の隅に積まれた机のジャングルへと逃げ込んでいく。
接近しなくとも、外にいるあの巨大なガッタイコツが恐ろしくてたまらないのだろう。
地上で奮闘していた大きな剥製達すら散り散りになったのだから無理もない。
そうこうしている内に、外へ出たはずの剥製達が全て穴倉へ潜り込んでしまった。
今ではもう、誰も押さえているはずもない鎖。
それでもなぜか、窓の上に向かったまま落ちる気配をまるで見せることはない。
「やったわね! 動物園で芸を仕込まれてたおかげかしら? アンタよりも賢いんじゃないの?」
「い~や! それは絶対オレの方が頭良いね!」
「そうやって張り合ってる時点で同レベルなのよ、おバカ……」
動くモノに反応したのか、すぐに噛み付きにいこうとするカミカミサマを押さえつけながら、ヤガミンが深い溜息を吐き出す。
手の掛かる子供が、ター坊と合わせて二人もいるようなもの。
子沢山の母親のような気苦労を強いられているのだろう。
そんな彼女達のいる教室へ、遅れて窓の外からやって来る大きな影。
「来た来た! ゲットのとこにいたシカ!! 結構時間かかってたけど……あいつ、どこまで行ったんだ?」
「さぁ……でも、鎖の長さから考えると屋上かしらね?」
「まぁ、なんでもいいや! 時間が無ぇ、もっと静電気を溜めようぜ!」
「それはアンタに任せるわね。 えぇっと、シカさん? この鎖が持っていかれないように咥えてくれるかしら? 今、私が触っちゃうと危ないもの」
「ピィィブゥ」
ヤガミンが声を掛けると、牡鹿の剥製は『分かった』とばかりにお辞儀をして、鹿煎餅でも齧るように鎖の端を器用に前歯で挟み込む。
近くには興奮して今にも暴れそうなカミカミサマがいるのだが、どうもマイペースというより鈍感な鹿らしい。
まるで意に介さず、他の剥製達のように怯える様子をまるで見せなかった。
鎖が床から離れたくらいの頃合い。
窓の外に出ていた側の鎖に動きがあったのか、ジャラジャラと再び音を鳴らし始める。
それと同時に、窓の上の方から声が飛び込んできた。
「みんな、準備はいいね? ボクの方はもう止まれないから、待ったはナシだよ!!」
「オッケーだぜ、ゲット!! 男を見せてくれ、エース!!」
「任せといてよ、とびっきりのダンクシュートを見せてあげるさ!!」
窓の側へと駆け寄ったター坊が返事をすると、校舎を蹴って跳んでいくゲットの姿。
彼の身体は淡い光に包まれており、重力の枷をものともせずにガッタイコツの頭へと進路を取っていた。
あっという間に声も届かなくなる少年の背中。
だがよく見れば、その手には鎖の一端と、骨だけになった傘の残骸が握られている。
「骨には骨! まぁ、こっちは鉄製だけどさ。 あとは、コイツと鎖をこうして……出来た!」
空中を真っ直ぐに跳んでいくゲットは、ほんの僅かな時間を利用して、傘に鎖を巻き付ける。
即席のアンカーの出来上がりと言ったところだろう。
そして、ゲットの身体が恐ろしいガッタイコツの真上に到達した辺りで、彼は首だけを振り返し語り掛ける。
「もういいよ。 ここで降ろしてほしいんだけど、できるかい?」
「プイ!!」
ゲットのパーカーのフードが特等席なのか、綿埃のようのフワフワしたフユウサギが丸くなって納まっていた。
それがモルモットのように甲高い鳴き声を放つと、ゲットを包み込む光が霧散し、彼に宿る無重力の力も消えていく。
当然、彼はそのまま地面へと真っ逆さまに落ちてしまう。
だが、本人にとっては想定通りだったらしい。
決意に満ちた瞳を見開き、ギュッと鎖を巻き付けたボロ傘を握りしめる。
「いっけぇぇぇぇ!!」
傘の先端はプラスチックのキャップが外れ、鋭い切っ先が剥き出しの状態。
それが落下の加速と少年の体重を乗せて、相当な威力となってシャレコウベの分厚い骨に深々と突き刺さった。
遠目で見ればツルリとして継ぎ目の無い頭蓋骨。
本来ならば、その曲面に弾かれていたかもしれない。
しかし、触れられるくらい接近したゲットには、これが骨を幾つも集めただけの継ぎ接ぎなことが見えている。
一枚岩ではない相手ならば、いくらでも差し込める隙があったのだ。
ところが、流石にボロが祟ったのか、傘の持ち手の上の方からボキリと半分に折れてしまう。
「うわぁっとと!?」
勢い余ってシャレコウベの頭を滑り台のように下っていき、ガッタイコツの眼前へと躍り出ることに。
「マズイッ!? 鎖は……!?」
慌てて頭上を見上げると、校舎との架け橋はいまだ健在。
折れた半分は、突き刺さったまま鎖を張っているらしい。
「良かった……!!」
「おう、ゲットやんけ!! 上はどうや!?」
「お待たせガオル!! 大丈夫、あとは二人に任せよう!! もう一回跳ぶよ、お願い!!」
滑り落ちる身体のバランスを取りながら、ゲットはパーカーを軽く叩いて、そこに潜む怪異へと合図を送る。
すぐに彼の身体は光に包まれ、またも不思議な浮遊感で着地の衝撃を殺す。
そのまま地を蹴ると、ラグビーのタックルよろしく、ガオルの胴を抱えてその場を離脱。
間一髪、ガッタイコツに握り潰される直前だったガオルの救出に成功するのだった。
「ヤガミン! あっちは作戦通りだ! こっちも行くぜ!!」
「分かってる! シカさん、それを離して!!」
牡鹿が首を振って鎖を放り上げる。
そのまま、空中で踊るそれをヤガミンがキャッチすると、今まで溜めに溜めでいた鬱憤を晴らすように声を上げた。
「私達の友達を……返しなさいよ、バカァァァ!!!」
すると、彼女の全身が紫色に発光し、髪に憑りついていたカミカミサマも咆哮する。
その口の中には、まるで雷雲のようにスパークが弾け、少しでも触れれば感電してしまいそうであった。
「よっしゃぁ!! オレの分も持ってけぇ!! 『必殺・雷怒紫』でぇぇい!!」
電光石火の速さでター坊が走ると、ヤガミンの身体へ抱き着き静電気を送る。
更に増していく電力を抑えきれなくなったのか、ついにカミカミサマは紫電を吐き出し鎖を光で飲み込んでいく。
鉄が電気を伝う導火線となり、その終着点である簡易避雷針の刺さったガッタイコツへと襲い掛かったのだ。




