トラニナッタ・その9
陽動として敵を集めるゲットやガオルの働きの中、手の薄くなった校舎を駆けずり回り、二人はあるモノを準備していたらしい。
張り切って窓を離れたター坊は、教室の隅に積まれた机の山へと近寄っていく。
万が一にでも骸骨が来ないよう、出入り口の一方を完全に封鎖するバリケードの役割なのだろう。
そして、机の本来ならば脚を滑り込ませる隙間を覗き込み、彼は何やら手招きをしていた。
「チチチッ、ほ~れ出てこ~い! タクアン喰わせてやるぞ~!」
乱雑に組み上げられた机のジャングルジム。
その暗がりから、ター坊の手にした袋詰めの沢庵の香りに釣られて、小さな剥製が鼻を突き出した。
「ちょっと、ター坊!! それってあの大根で作ったやつでしょ!? 下手に食べさせて凶暴になったらどうするのよ!!」
「へ~きだって! 堅い事言うなよな! チョコっと喰ったくらいで、そんな変わらねぇって」
「あのねぇ、身体の大きさを考えなさいって! あんたにとっては小さくても、その子達にはかなり大きいのよ!?」
「ふ~ん、そういうもんなのか? チェッ、残念だったな~お前ら。 ガミガミヤガミンが煩いから、また後でな」
「ガミガミは余計よ! 今は大変な時なの! もっと慎重に行動してよね!!」
「へへへ、りょ~かいっと。 ヤガミンも結構イライラしてきてんな、順調、順調!!」
ヤガミンの声に棘が増し、ピリピリとした空気が張り詰めていく。
下手に触れれば爆発するのではないかというほどに、苛立ちを抑えられなくなっていると思われる。
そんな一触即発の彼女を横目に、ター坊は呑気に鼻歌交じりで小動物の剥製を抱きかかえた。
どんな神経をしていれば、ここまで鈍感になれるのだろうと普通ならば思うだろう。
だが、今日に限っては、ター坊はわざと彼女の神経を逆撫でしているような素振りをみせていた。
「よし、と。 そんじゃ、このままズルズル絡まないように引き出すんだぞ」
ター坊が抱えた剥製の口には、鉄製のチェーンが咥えられている。
特段、そこまで太いものではなく、小動物の口に納まる程度。
あまり大きな物を縛り付けるには、少し心許無い。
到底、あの巨大なガッタイコツをどうにか出来るわけも無いだろう。
それでもター坊は気にも留めず、次々と机の下から鎖を咥えて出て来る剥製達を誘導する。
机がどかされたことで開けた教室、その外端から織物のように右から左へ波打たせ、一列ずつ折り返していく。
「よ~しよし! これでオッケー!! 仕上げだ、ヤガミンこっち来いよ!」
「ココでいい?」
「あ、もうちょい右!」
「こう?」
「あ~ダメダメ! 行き過ぎだって、何やってんだよ!!」
「こんなのどっちでも変わらないでしょ! いい加減にして!!」
長さ数十mはあろうという長い鎖。
その導火線のように陳列された最外端にヤガミンを誘導する。
彼女は半歩も動いていないのだが、日頃の仕返しとばかりにター坊がイチャモンをつけてヤガミンを刺激していた。
すると、怒りのピークに到達したのか、彼女の既に切れた堪忍袋が爆発し、バチバチと髪の毛が唸り声を上げ始めたのである。
「バッチグー! オレって天才かも!」
「どこがよ、おバカ!!」
彼女の怒りに呼応してか、憑りついて髪の中で眠っていた『守神様』が紫電の迸る鋭い眼を開き、ター坊を睨む。
少女の怒りは怪異の怒り。
すぐに臨戦態勢へ入った『髪の毛の化けた龍』は、獲物を品定めするように長い首をもたげて威嚇し始めた。
「やべっ!! おいおいおい、待てよ! お前の相手は、オレじゃないって!!」
「くぅ……もう! 抑える大変なんだから、早くして!!」
「お~し! オレが黒焦げにされちまう前に、パパっとやるか! ししし!!」
怒りを鎮めず、かといって周囲の人を傷つけないよう抑えるという難しい塩梅。
それをなんとか気力で踏ん張っているようだが、ヤガミンは苦しそうに弱音を漏らす。
これは長くはもたないのだと一目で悟り、ター坊は出し惜しみせずに包みから漬物を取り出し頬張っていく。
「ングング……ぃよっしゃぁ!! キタぜ、キタぜ!! ターボエンジン全開だぁ!!」
大根型のマンドラゴラ、ダイコンランの欠片を飲み下した途端、その様子が激変する。
彼の全身に力が漲り、カッと上がった体温と汗で水蒸気が舞ったのだ。
そのまま、どこから引っ張り出して来たのか、地形図用の巨大な下敷きを両手に掴んで掲げる。
「あのクソデカ骨を倒すんなら、すっげぇ電撃を喰らわせてやるしかないもんな!」
「だからって、静電気って……」
「まぁ、見とけって! オレの必殺、神風スーパーターボの速さは、お前も身をもってしってるだろ?」
「……スカート捲りくらいでしか、知らないんですけど?」
余計な一言がヤガミンの地雷だったのか、彼女の眼付がジロリとした鋭いものに変わる。
まるでナイフで突き刺すような責め立てる視線は、さすがのター坊もバツが悪いらしい。
苦笑いで誤魔化し、そそくさと手を動かす。
彼のダボダボの服に擦り付けられる下敷き、それはバチバチと激しい音を立て始め、次第にター坊の髪も帯電で『稲妻型』に輝いていった。
「うぉぉぉぉ!! すげぇぇ!! 静電気人間だぜコレ!! これだけあれば充分だろ! それいけお前ら!!」
「お願いね、みんな! 頑張って!!」
ター坊が、いつもならば鳴らせない指を擦ると、バチリと静電気の弾ける音が鳴る。
それを合図に、鎖を咥えた剥製達が窓の外へと飛んでいく。
ところが頭だけの怪異達は、そのままガッタイコツへは向かわずに、上へ上へと登って行った。
続きます。




