トラニナッタ・その7
校舎の屋上へ待機したゲットがいる一方、反対に地上一階ではガオルが奔走していた。
「ぬぉぉ!! 来るなら来いや!! ワイは逃げも隠れもせえへんで!!」
虎の頭で大きく吠えると、咆哮が骨を響かせ骸骨達の気を惹きつける。
霧で視界が悪くとも、この空気を揺らすほどの大声であれば、どこで騒いでいるかなど誰でも分かるだろう。
事実、その通りに彼の周囲へと武骨な怪異が集まり出していた。
「ケッ!! なんやなんや、どいつもこいつも雑魚ばかりやんけ! あのデクノボウの薄らトンカチを出さんかい! ワイはあのデカブツに貸しがあんねん!!」
ガオルの視界に映るのは、どれも身体の欠けた不完全な骸骨達。
足りない部位は、無理矢理に他の骨を継ぎ足して強引に動かしているらしい。
それどころか、明らかに長さや太さも異なる骨が継がれている者もおり、カッタンカッタンと不規則なリズムで一歩を踏み出していた。
ぎこちない動きはゾンビのようで、緩慢かつ生気の感じられない乾いた骨身をじっくりと見せつけて来る。
まるで骸骨のキメラ、死者を冒涜するようなバケモノがそこにいた。
最初に遭遇した個体ほどに満足な動きはとても出来そうになく、だからこそ数で補う算段なのだろう。
だが、むしろその方が、ガオルにとって都合が良かった。
彼はおもむろに息を大きく吸い込むと、『人』の言葉ではなく、『虎』の言葉で何かを叫ぶ。
「ゴァァァァァオ!!」
「……………」
小動物なら気絶してしまうであろう、落雷のような唸り声。
威勢の良い威嚇だが、感情をまるで表さない骸骨達は、全く怯む様子も見せず距離を縮めていく。
そのまま下手くそなマリオネットのようにカクカクとシャレコウベを揺らし、頼りなく腕を振るっていた。
「へんっ! まぁそうやろな……お前らがビビらんちゅうのは、承知の上や。 じぃっと穴の開いた目でワイを見よる。 それがええねん」
蟻の通る隙間も無いほどに、地上で囲まれてしまったガオル。
それでも、勝ち誇ったように厚ぼったい口の端を上げてニヤリと笑う。
虎の頭になろうと身体能力に変化はない彼だが、この状況下でも肝の座った態度でドシリと構えていた。
だが、どんな態度であろうと骸骨達には関係なく、白いナイフのように鋭く尖った指先が彼の背中に襲い掛かる。
その時であった、突如として骨が飛び散り、人の形を保てず崩れていく。
それは背後の一体だけではない、ガオルを囲んでいたいくつもの骸骨達が同様に弾けていったのだ。
「だぁ~ッはッは!! かっぽじる耳も目ん玉も無いからそうなるんや!! 周りはよぉく確認しとくもんやでぇ?」
ガオルの危機へ駆け付けたのは、教室にいた首だけの剥製達。
多くは草食動物であるため、牙も無く接近戦は不得手であるものの、助走を付けた頭突きは問題ない。
特に油断して背を向けた相手など、恰好の的だろう。
水牛や山羊、さらにはサイなど、頭自慢の強者が骨を軽々と蹴散らし直線を引く。
そのまま離脱すると、再び転進して二の矢を走らせた。
「動物の話が聞けるだけやない! こちとら、話も付けられるようになっとんねん! 脳ミソも詰まっとらん、スッカラカンの頭には対応できへんやろ!」
ガオルの予想通り、倒れた骸骨は細かに震えると、ゆっくりと宙に浮きあがって再生していく。
やがてほぼ完治すると、廊下で見た時と変わらない不死性を見せつけた。
だが、剥製達に対処するわけでもなく、ただただ機械的にガオルの方へ向かおうと繰り返す。
その度に突進してきた動物に轢かれ、どんどんと身体のパーツを吹き飛ばされてしまった。
再生は近くのパーツにしか及ばないらしく、二度三度と重ねると、足りない骨がありすぎてもはや歩行もままならない身体になっていく。
「さぁ、どうや!? このまま続けたところで、ままならんやろ! ええ加減に、正体見せたらどうや!! こっちはなぁ、とっくに『タネ』を嗅ぎつけとんで!!」
虎になったことで大きく広がった鼻腔をフンと鳴らす。
元より鼻が利くガオルであったが、野生の力も足されて、より敏感になっているらしい。
「クラヤミとワイが襲われた、あん時もそうやった。 お前ら、匂いが混じっとんねん。 粉になっても戻れるのにや……オカシイやろ」
「…………」
まるでガオルの問いに答えるように、ボウっと霧の奥から光の珠が浮かび上がる。
赤い輪郭に黄色を抱擁した、ロウソクのような灯り。
ゆらゆらと風も無いのに揺れ動き、まるでガオルを上から下まで舐め回す視線のよう。
ソレは、じっと霧の奥から、そうやって何も言わずに照り続けていた。
「んでもって、相棒が消えた後……目が覚めたら一枚の即席写真が落ちとった。 アイツの置き土産やな。 そこにハッキリ写っとったで……デカ骨の秘密がなぁ!!」
ガオルがそこまで言い切ると、灯篭のように焚かれていた炎がボッと強く光り、まるで怒りを示すように近付いてくる。
そして、濃霧を裂いて現れたのは、いつか見たあの教室に入りきらないほどに巨大なシャレコウベであった。
続きます。




