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トラニナッタ・その6

「こ、今度は何だっていうんだい!? もしかして、これ以上にまだ来るの!?」


 臆病(おくびょう)なこの小さな怪異は、さらに敵の接近をしらせたのかと驚き、ゲットは身を(ちぢ)こまらせて震え出す。


 そんな彼の指をすり抜け、フユウサギが腕をササッと伝い肩へ登った。

 そのまま綿埃(わたぼこり)のような白い毛を押し付けると、ゲット顔を窓の方へと向けるように身体で押して来る。


「は? なに、外……? もしかして、ガオルの言ってた巨大骸骨(がいこつ)!?」


 だが、ガラスの向こうには(うっす)らと立ち昇る(きり)がある程度。

 どこにも脅威(きょうい)は見当たらない。


 むしろ、今もすぐそこにまで(せま)っている蜘蛛(くも)のような骨の方が危険だろう。


「何もないじゃないか! 驚かせないでよ、もう……そうだよ! 何もいないんだ!」


 前門の(とら)、後門の(おおかみ)とも言えるほど囲まれた絶対絶望的なこの廊下。

 しかし、唯一の逃げ道がまだ残されていたことに、フユウサギの助力(じょりょく)でようやく気が付く。


 しかしここは三階の廊下、地上からは相当な高さがある。

 とはいえ迷っている時間は無く、息を()む間も取らずに牡鹿(おじか)剥製(はくせい)を振るう。


「ゴメン、シカ君! ちょっと(つの)を使わせてもらうよ!!」


「ブピィィィ!?」


 立派に枝分かれした先端の一つが透明な板を貫く。

 この鋭利(えいり)な先端は子供の力でも威力を集中させてくれるようで、予想以上に容易(たや)亀裂(きれつ)を入れてくれた。


 どれだけ頑丈(がんじょう)に作られていても、一点でも(ほころ)びが産まれれば(もろ)い物。

 ガラスのようなものは、特に顕著(けんちょ)だろう。


 続けざまにゲットが天井を()ると、クルリと身を(ひるがえ)して反転、その回転の勢いも足した彼の右脚が窓ガラスを突き破って飛び出していく。


「よし、出れたッ!!」


 ガラスの飛散(ひさん)から目を守るために顔を上へ向ける。

 すると、今しがた飛び出した学校の窓枠がゲットの目に入った。


 そこには、(うら)めしそうに外へ()い出し立ち止まる『手首や指の骨』達が、わらわらと()いていた。


「ヒェッ!?」


 心底気味の悪い光景だが、それ以上追って来ることはなく、あれらは地続きの場所へしか渡れないのだろうと察せられる。


 ゲットは安全を確認すると、目を()らすように顔を下げた。

 いつまでも、あのような狂気を見ていたら、いつか気が触れてしまうだろうから。


「も、もう……追ってこれないよな……? あっ! そうだ、シカ君!!」


 視線を下げた先、今はもう二階の辺りまで落下している(あわ)れな剥製のことを思い出す。

 咄嗟(とっさ)に、まだ宙へ待ってキラキラと光を反射させるガラスの破片を蹴りつけると、その勢いで地上目掛けて跳んでいく。


 フユウサギの無重力にする力に包まれた今の彼は、少しでも反発する力が加えられれば宇宙を泳ぐように移動できてしまうのだ。


「捕まえた……って、ヒィィ!? こっちも捕まる!?」


 ずっと付きまとうあの霧は空気よりも比重(ひじゅう)が重いのか、地上へ近づくにつれて周囲も濃くなっていく。

 そんな中、剥製を手にしたゲットは、霧に隠れていた影を眼にしてしまう。


 目を()らすと、手首から先を失った骸骨がうじゃうじゃと密集しており、足の踏み場が欠片も見当たらない。


 先ほど追跡してきた指の骨の持ち主達なのだろう。

 だからこそ、ゲットが落ちて来ると踏んで先回りしていたに違いない。


 その様は、まるで地獄に糸を垂らされた『蜘蛛の糸』へ(むら)がる亡者(もうじゃ)のよう。

 仲間の骸骨を押しのけ、我先にと見苦しい競争を続けている。


 そして、彼らはモノを(つか)めるはずもない腕を天に向け、早く来いと(まね)いていた。


「無理無理無理!! 止めてくれぇぇ!!」


 怪異の力で空を移動できると言っても、完全に思い通りというわけではない。


 無重力状態ということは、途中で方向転換も出来はしないのだ。

 今は地上に向けて進んでいるからいいものの、これが空に向けてならば、彼はこの地球から去ることにすらなるだろう。


 わざわざ廊下を進んでいたのも、そういった屋外での力の使用を警戒してのことだった。


 だがこの状況では、たとえ力を解除したところで結果は変わらなかったことだろう。

 それは地球の重力に(しば)られるという事。


 つまり、真下にいるあの骸骨達の元へ落ちることに、なんら変わりはないのだから。


 それを知ってか、肩で丸まっているフユウサギは何も答えず動かない。


「いやだぁぁぁ!!! あれっ!?」


 まさにゲットの(くつ)が噛みつかれるというその時、骸骨達の(みにく)い足の引っ張り合いと偶然が重なり、彼の脚がシャレコウベを蹴りつけた。


「と、跳べた!!」


 掴まりたくない一心で、出鱈目(でたらめ)に足をバタバタと暴れさせていたため、跳び付く先は分からない。

 身体の引っ張られる方向を全身で感じ取ると、幸運にも校舎の壁に向かっていることが判明する。


「で、でも……たしかこっちの方って……!? うわぁぁ、またアイツ等だぁ!!」


 どこから見ていたのか、ブチ破った窓の方からゾロゾロと『手の骨』達が彼の着地先へと迫っていた。

 しかし、勢いのある分、ほんの少しだけ(とら)えられるまでに猶予(ゆうよ)がある。


 校舎の壁に身体を預けると、まるでヤモリのように手足を器用に(こす)らせ、垂直に壁を蹴っていく。


「下もダメ! 中もダメ! 上だ、屋上へ逃げなきゃ……!! ヒィィィ!!」


 あっという間に骨を置いてきぼりにして屋上のフェンスを越えると、そこでフユウサギが一声鳴いてゲットの身体を包む光が霧散する。


 すると、彼はドシンと尻から落ちていき、コンクリートの床に身を投げ出した。


「痛ったぁ……ひぃ、ぜぇ、こ……これで、ボクの準備はできた……!! 後は頼んだよ、みんな……!!」

続きます。

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