トラニナッタ・その4
意気揚々と腰を入れ、重量上げの選手のようにグッと肩を張る。
すると、二段重ねの机がガタっと不安定に揺れ、両手を掛けた天板がミシリと軋む。
まさか本当に、と目を見張る一同であったが、しばらくしてもそこから変化が無い。
一向に机の脚は上へと動かず、毛の先ほどの隙間も空いているかという程度。
ゲット達は互いに目を配せ、どうしたものかと無言の会話を交わしていた。
そして、言い出しっぺというわけではないが、最初に周囲を確認したゲットが口を開く。
「ね、ねぇ……ガオルさぁ。 やっぱり、全然上がってないように見えるんだけど……?」
「ヌググググ……な、なんやとぉ!? だはぁ! もうアカン、限界や!!」
よほど力んでいたのか、ガオルは真っ赤に染まった顔に汗を伝わせ、ぜぇぜぇと息を吐き出している。
誰が疑わなくとも、彼が全力を尽くしていたのは間違いないだろう。
だが、それに結果が伴っておらず、なんとも言い難い微妙な空気が場を包んでいた。
「ちぇっ! なんだよガオル、せっかく虎になっても弱っちぃままじゃん! 怖いのは顔だけかよぉ~!」
「そうね……『虎の威を借りた』だけというか、被っただけと言ったところかしら……?」
「確かにこれは……『張り子の虎』って感じだよね」
「ええい! 黙って聞いとれば、好き勝手言いよってからに!! お前らイジリにしても加減せえや!!」
「アハハ……ごめんて、ガオル」
三人から集中砲火の口撃を受けると流石に堪えたのか、今度は怒りで顔を真っ赤にしたガオルが吠える。
その一声で三人が一斉に笑うと、ゲットが代表して謝るのであった。
まだ息の整っていないガオルは、まだ一言二言と言い返したいと目で語っていたが、肩で息する状態では続かないと音を上げてしまったらしい。
ほら、と差し出されたゲットの肩を借りて休んでいた。
それを見届けると、ヤガミンがパンと手を打ち音頭を取って、仕切り直す。
「でも困ったわね……ター坊の作戦も、これだと無理そうよ?」
「あ~ぁ、オカマ先生くらい強い大人がいれば楽勝だったのによぉ」
「いや、先生くらいって言うけどさター坊……あの人は例外っていうか、人類でもかなり上澄みだと思うよ……」
筋肉ダルマとすら形容できそうなムキムキのチョコ肌の人物を思い浮かべ、ゲットは引きつった笑みを浮かべて言葉を返す。
子供たちを守る先生としてはこの上ないほど頼もしい彼だが、残念なことにこの場にはいない。
そもそも、このマヨイガッコウへ迷い込んだ生徒達以外に、人間はいないのだ。
頼る、頼れないの話ではなく、ここにいる子供だけでなんとかする他ないのが現実。
場を仕切っているヤガミンがその厳しい現状を一番理解しているらしく、それでも仲間を助けたい気持ちと板挟みで頭を悩ませていた。
「あぁもう! みんな分かってるの!? クラヤミさんは今も苦しんでるかもしれないの! もっと真面目に考えて!!」
「げぇッ!? そんなカリカリすんなって! また髪の毛が暴れてんぞお前!」
いつの間にか堪忍袋の緒が切れていたのか、彼女のシニヨンがブチ切れて、髪に憑りついている『守神様』が牙を剥いていた。
あちらこちらと誰かれ構わず噛み付こうと暴れまわり、動く度に髪同士が擦れあう。
そのせいか、静電気が急速に貯まってバチバチと弾けるような音を発していた。
それはまるで、彼女のフラストレーションを表しているようにすら思え、余計に気圧されてしまうだろう。
「なぁるほど……その手があったわ!」
「はぁ? 突然どうしたの、ガオル?」
「へっへっへ、虎の頭になったんも、無駄やなかったっちゅうわけや」
「えっと、つまり……?」
突然息を吹き返したように舌が回り出すガオル。
やたらと自身気な彼の様子に、肩を貸していたゲットも困惑しながら聞き返す。
そして、焦らすような含みを持たせた声で、ガオルは続きを語り出した。
「剥製達にオモロイこと聞き出せてん。 それを踏まえてや、ワイに良い考えがあるで……!! お前ら耳貸しぃや」
「ふんふん、それは本当かい!? 大手柄じゃないか、ガオル!! ター坊、委員長! ちょっと来てよ!」
誰が盗み聞きするというわけでもないが、ゲットに自然と耳打ちして作成んを打ち明ける。
それは、ここにいる誰もが思いつかないような奇抜すぎる奇妙な発想。
それでも、確かに勝算が見えるものであった。
これならばとゲットも頷くと、お尻を噛まれまいと奮闘するター坊と、ヒステリーになっているヤガミンの二人に声を掛ける。
「痛てて、お? どうした?」
「絡まってる!! もう、乱暴に引っ張らないで……って、どうしたのよ?」
手招きするガオルの耳元へと二人が耳を寄せると、改めてガオルの考えたクラヤミ救出作戦が説明された。
「へぇ~! 面白そうじゃん! やってみようぜ!!」
「これ本気なの? うぅん……でも他に手はないわよね……」
「委員長だって時間が無いのは分かってるでしょ? ボクも勇気を出すから、頑張ってみようよ!」
「せやで、お前ら! 全員が気張らな成功せん! 大人なんかおらんでも、ガキだけでやれるって証明したろやないかい!!」
耳を預ける都合、自然と円陣を組む形に成っていた生徒達、
ガシリと互いの肩を固めると、気合いを入れて『伊勢海小、ファイトー!!』と大きな声が教室に響き渡るのであった。
続きます。




