トラニナッタ・その3
「なんや……? もしかして、聞こえるんはワイだけなんか……!?」
やたらと目を輝かせて見つめて来るター坊を見て、ガオルは自分の方がおかしいのだと気が付く。
不思議な怪異達だからこそ、言葉の一つくらいで今更驚くことでもないと感覚が麻痺していたらしい
そのためか、彼は自分だけに聞こえて来る剥製の声に疑問を抱かなかったのだ。
「当ったり前だろ? オレ達には動物の鳴き声しか聞こえねーもん!」
「そうだね……ボクも声なんて聴いたことないよ。 もちろん委員長もだと思う」
「ね、ねぇ……私の思い違いかもしれないけど……ガオルの頭がこうなっちゃたせいじゃないの? 声が聞こえるのって……?」
窓際に背を預けていたヤガミンは、自分の膝元に集まる剥製の一体を手に取ると、己の頭の前に重ねるような仕草を見せる。
それは、ガオルの頭がすっかり虎になってしまったことを暗示していた。
「つまりなにか、ワイが虎になったせいっちゅうんか……んなアホな……」
どんどんと自分が人間離れしていくことを受け止め切れず、ガオルは変貌してしまった頭を抱えてその場にへたり込む。
そんな悲壮感を纏う彼を忍びなく思ったのか、ヤガミンの元に集っていた剥製達は口々に慰めるようなか細い鳴き声を発し始めた。
「ええい! 同情はいらん、動物と一緒にすんなや! ワイは人間やっちゅうに!! なぁ、せやろお前ら!!」
「だから、オレ等には何言ってっか分かんねーって! でもよぉ、ガオル結構慕われてるみたいじゃん。 今のお前なら百獣の王って感じで、言う事聞かせられんじゃね? なんか芸させてみてくれよ、なぁなぁ!」
「百獣の王はライオンだろ、ター坊……でも確かに、ボク達だけじゃ心許ないし、この剥製達が骸骨を追い払ってくれたら頼もしいかもね」
「骸骨……そういえばあなた達、クラヤミさんはどうしたの? 見当たらないようだけど、もしかしてその骸骨に……!?」
廊下から帰って来た男子三人組、その後に続くはずの背の高い女子の影が未だに無い。
薄々は察していたようだが、ようやくヤガミンは恐れていた不安を口にした。
彼女の言葉でガオルはハッとしたように面を上げ、申し訳なさそうに瞼を落としながら事情を語る。
「そうやねん……アイツ、ワイの目の前で連れてかれてもうたんや……あのクッソデカイ骸骨が邪魔せんかったら、くそぅ……」
「クソデカ骸骨!? カッケー!! なぁなぁ、ガオル! ソレ、どんくらいデカかったんだ!?」
「そりゃお前、学校よりデカかったんちゃうか? 窓からガーっと腕突っ込んできよってん。 なんでワイが生きとんのか不思議なくらいや」
ガオルはそう言ってジーンズを捲り上げると、握り締められて赤くなった跡を見せつける。
クッキリと浮き上がる太い五本線、それは巨大な手が彼の脚を襲ったことの何よりの証拠だろう。
「ヒィィ!? ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!! そんなバケモノが外にいるのかい!?」
「なにビビってるのよ、ゲット! クラヤミさんが連れ去られたのよ? だったら行くしかないじゃない!!」
「そ、それは……そうだけどさ……」
「頼む! ワイも悔しいねん! アイツ取り戻すのに、力貸してくれ!!」
今まででもトップクラスに恐ろしい怪異の存在を知った途端、尻込みして渋るゲット。
そんな彼に向かって、ガオルは額を床に擦り付ける勢いで頭を伏せると、恥をかなぐり捨てて助力を請う。
「わ、何もそこまでしなくても……!? やるって! ボクだって友達は見捨てられないからね」
「よく言ったぜゲット! 勿論オレも行くからな!」
「ター坊達だけじゃないわよ、クラス委員長として、私だって当然行くわ!」
「お、お前ら……くぅぅ、泣かせるでホンマ……!!」
少年少女は互いに決意を表明し、小さな身体に大きな絆を結び合う。
しかし、それだけで現状を打開できるわけでもなく、問題点は何一つ解決していない。
連れ去られたクラヤミの安否も不明なため、至急作戦を立てる必要があるだろう。
そう思ってか、ヤガミンが眼鏡をクイと直して光らせると、浮かれた男子達に釘を刺す。
「それで、どうやってその巨大骸骨を突破する気なのよ? 誰か考えはあるのかしら?」
「それは勿論、ガオルに命令してもらって、剥製達が骸骨を蹴散らせば……」
「あらそう。 でもこの子達、ほとんど草食動物だから戦力にならなそうなんですけど?」
「うっ……言われてみると確かに……」
ゲットが自慢気に上げた案は、呆気なくヤガミンに却下される。
もとより、動物園育ちの剥製達に、そんな闘争心を求める方が酷というものだろう。
撃沈して落ち込むゲットを押しのけると、続けてター坊が案を披露する。
「なぁ! オレ、思ったんだけどさ! ガオルって今は虎なんだろ? だったら、虎パワーで滅茶苦茶に強くなってんじゃね?」
「お? せやったわ……確かにワイもこの姿になってから、力を試したことあらへんかったわなぁ」
「ター坊にしては良い着眼点じゃないの。 ねぇ、ガオル……試しにそこの机を持ち上げてみたらどうかしら?」
「へっへっへ、ワイのパワーアップした身体を見て、驚くんやないでお前ら!」
「うぅん? ボクには特に、これといった身体の変化は見えないけど……?」
ダボダボのジャケット脱ぎ捨てると、ガオルはいかにも強そうに肩をグルリと回して力こぶを作る。
運動部所属ではないため、隆起した筋肉は肉眼で確認できるかどうかという所。
ゲットの不安通り、本人の言葉の割りにはなんとも頼りなく見える。
それでもガオルは自信を崩さず、二段重ねになった机に手を掛けた。
「よっしゃいくで! フンヌヌヌヌヌ……!!!」
続きます。




