トラニナッタ・その2
ゲットが含みのある言葉を濁したため、気になったガオルが首を回して振り向く。
その拍子に、彼の虎頭にぴょこんと生える耳が微かに揺れ、ター坊の眼に留まってしまう。
動くモノを見たら触らずにはいられない性分のター坊。
その黒い模様で目を引く丸みのある耳へと、もれなく手を伸ばした。
「すっげー! 耳も動いてんじゃん! ネコみてーだな、ホレホレ!」
「触んなや、ター坊! こそばゆいねん……いやちょい待ち、なんで感触があんねや?」
「それは……コレが本物だらだよ……キミの頭、本当に虎になってるんだ……!!」
「は? な、な、なんやてぇぇぇ!? ワイはバケモノになってもうたんか!? ウソやろ!? ウソって言うてくれや!!」
驚愕のあまりか、あるいは自分の境遇に腹を立てているのか、虎になってしまったガオルはグワッと口を広げて怒声を上げる。
鼻面に皺まで寄せて、目をギラリと光らせる様は、とても被り物には見えない動きだろう。
本人が否定するほど、それが間違いなくそれが生きた虎なのだと訴えていた。
「うわっぷ! 唾を飛ばさないでよ……ねぇ、ター坊も本物だと思うよね?」
「うっは~! 見ろよゲット! このベロ、湿ってるぜ! なんか棘々してるし面白れぇ~!」
「ペッペツ、しょっぱいから止めれ! あ、味まで分かってもうた……アカン、自分でも否定しきれんくなってきよった……」
ますます信憑性が増していくばかり。
流石に現状を理解してきたのだろうが、それでも信じたくないガオルの葛藤が頭を悩まし、こめかみらしき場所を押さえてうずくまる。
だが、またいつ敵が襲って来るとも分からない無防備な廊下。
周囲を不安げに見渡したゲットは、ガオルの肩に手をポンと優しく置くと、自分達が逃げ込んでいた教室の方へと促す。
「落ち込んでる所、悪いんだけどさ……まずは安全な所に移動しようよ、ガオル?」
「そうそう! そういやさっき、クラヤミがどうとか言ってたもんな! ヤガミンにも教えてやんねぇと!」
「せやったな、ちゅうか委員長は無事なんか……」
「まぁ、無事……といえば、無事なのかな?」
「へへ、ガオルの頭みたいな動物にめっちゃ懐かれてて、埋もれてんだぜアイツ!」
「なんやと!? それ一人にして、大丈夫なんか!? ワイも懐かれてた虎にコレもんなんやで!?」
「そ、そういわれると……確かに……」
「やっべぇ、マジかよ!? ヤガミンも頭が変わっちまうじゃんか!! これ以上鋭くなったアイツに噛まれたらシャレんなんねぇって!! 急いで戻ろうぜ!! 」
頭の皮だけになった剥製達。
一時は無害に見えたあれらも、ネコを被っていただけの可能性が見えて来る。
その事に気が付いた男子達は、血相変えて教室へと飛び込んだ。
「大丈夫やったか委員長!?」
「キャァァァァァ!!!」
扉を開けた瞬間に響く、絹を引き裂くような悲鳴。
声の主は窓際に身体を預け、少しでも遠ざかろうと身をよじっている。
まるで、目の前に映る恐怖から、逃げたいと言わんばかりに。
その仕草で、ガオルは恐怖の対象にピンと来る。
「って、待て待て待てぇい!! ワイや、ワイ!! 委員長、ワイを忘れたんか!?」
「その声……ウソでしょ!? あなたガオルなの!?」
「もう何度目やこのやりとり……天丼はお腹いっぱいやっちゅうに……」
虎の頭の男がいきなり入ってくれば、誰だって度肝を抜くだろう。
彼女も当然のように驚き、当然の如く反応したまで。
しかし、会う人、会う人にこの反応をされるのは堪えるらしく、ガオルはガックリと肩を落としてしまった。
「ほ、本物みたいね……どうやら。 あっ、なんだター坊とゲットもいるなら、早く言ってくれればいいのに!」
「ヤガミンが勝手に驚いただけじゃねぇか……オレ達は悪くねぇって」
「まぁまぁ……それよりさ、委員長はなんともないのかい?」
「なんともって、なんのことかしら……?」
ゲットに質問に小首を傾げ、ヤガミンは膝元に集まった剥製達の頭を撫でる。
教室を出る前と変わらず、彼女は動物達から異常に好かれているらしい。
特にガオルの言うような危険性や兆候は見られない。
「あ、いや……もしかしたら、ガオルみたいに頭がすげ変わるんじゃないかって思ってさ」
「ウソ……もしかして、ガオルの頭って……」
「せや……なんでこうなってもうたか、ワイも分からへんけどな」
「つっても……この感じじゃ、全然平気そうだな! へへ、ヤガミンは怒らすと怖ぇからビビッてんのかも!」
「だから! か弱い乙女だって言ってるでしょ!! 鈍感なアンタと違って、純粋なこの子達はちゃんと分かってくれてるの!」
野性を忘れた飼育動物にしか見えない、トロンとした剥製達の目。
優しく撫でるヤガミンの手が気持ち良いのか、自分も撫でてくれと全員に催促されるものだから休む暇もないらしい。
口を動かしながらも絶えず動き続ける彼女の手さばきは、目を見張るものがある。
「そうやでター坊。 そんなこと言うたら、まるでワイがトラ公に舐められたみたいやんけ。 コイツ等も違うて言うとるで」
「え? ガオル……今、なんて?」
何気ない言葉の中、ゲットは逸早く違和感を覚えて聞き返す。
この中で、会話できるはずもないモノの声を代弁していたのだから。
「せやから、あっこでメロメロなっとる奴らも、委員長は怖くない言うとるって……」
「スッゲー! ガオル、お前! 動物の言葉が分かんのか!?」
続きます。




