ガッタイコツ・その7
首だけの不気味な『ブレーメンの音楽隊』は、どれも何かへ怯えるように震えており、小刻みな振動がヤガミンを揺する。
皮だけの張り子といえど、板張りも含めればそれなりの重量。
それがいくつも乗っているのだから、子供の力では押し返せず、ヤガミンが抗議していのだ。
「へへ、ヤガミンもたまにはモテるんだな。 人間に、じゃなくて動物にだけどな!」
「余計なお世話よ、ター坊!! いいから、どけてってば!!」
「へ~? いつもみたいにガミガミ言ってやれば、そいつ等も聞くんじゃね~の? うぷぷ」
「ちょっと!! それが、か弱くて困ってる女の子に掛ける言葉なわけ!? 本っ当に信じられない!!」
「か・よ・わ・い~? あれれ~? いつもオレのことをツネる怪力は、どこいったんだぁ~? ししし!」
相手が絶対に手を出してこない、それを理解しているためか、ここぞとばかりにター坊がからかっている。
実際、彼女は剥製に埋もれて手も脚も見えず、出せるわけもなかった。
おまけにヤガミンへ擦り寄る剥製達に悪意がないのもあってか、彼女が安全な内に手を貸すつもりはさらさら無いらしい。
このまま放っておけば、どこまでも冗長したター坊との口論は過激化していくのが目に見えていた。
最初は流れに任せていたゲットも、流石にそれは困るようで、見張っていた扉から視線を外すことになる。
「ま、まぁまぁ、落ち着いて二人共……あんまり騒ぐと、またあの骸骨に襲われるじゃないか……」
「それもそっか。 剥製に追われたと思ったら、今度は骨だけ人間来襲だもんな。 今日は変な日、だぜっと……!!」
そう言ってゲットの話に乗ると、ター坊は箒をバットのようにブンと大きく振り、追跡者を退けた様子を再現する。
「というか……この剥製も、その骨に追われてたって感じだったけれどね……この怯えようからすると。 ちょっと、変なとこと舐めないでよ!!」
「し~!! 静かにしてってば委員長!! その子達、キミの近くにいると大人しいし、もう少しだけ面倒見ててよ……ね?」
「はぁ……なんなのよ、ウチのクラスの男たちは……」
首だけ剥製達の信頼を得たのもその時であり、大所帯では目立つためにこうして立て籠もったのだ。
単体では少年でも対処出来る弱い骸骨だったが、数を揃えられると対処が出来ない。
ゾロゾロと後続を引きつれた骸骨軍団を眼にした瞬間、即座に剥製も含めた皆で逃げ出したのである。
その後、教室へ逃げ込んだ途端に剥製達がヤガミンへ縋り寄り、今に至っていた。
「それにしても……委員長って、なんで好かれてるんだい?」
「そんなの、私が聞きたいわよ……」
「あれじゃね? 髪の毛の噛み付くヤツ。 ヤガミンに似てガミガミしてっから、ボスだと思ってんだぜ、きっと!!」
「なによそれ!? 私はか弱い女子だって言ってるでしょ!!」
「ははは……シッ!! こ、今度こそ聞こえて来た……何かの足音、間違いないよ……!! ター坊も聞こえるだろ?」
みんな本音は怖いのか、それを紛らわすように止まらない談笑の中。
扉に耳を当てたゲットの口から、不穏な報告が上がる。
「さっきは悲鳴だっけ? 今度も聞き間違いじゃねーの?」
「いいから、確認してみてくれよ!」
「へいへい……」
血相変えたゲットの表情、そのあまりにも鬼気迫った目に根負けし、面倒臭そうにター坊も耳を当てがう。
すると、キュ、キュ、と廊下を叩く聞き慣れた足音が響いていた。
骨のような堅い音でも、動物のような柔らかい音とも違う。
それはター坊達が履いている上履きのゴム底の摩擦に間違いない。
「これ!! 人間だ!! ここにいない、ガオルかクラヤミが来たのかもしれねぇぜ!! オレ、迎えにいて来る!!」
「あっ!? ちょっと、待ってくれよター坊!!」
「大丈夫かしら……? ねぇゲット、あなたも様子見て来てくれない? 私はコレだし……」
まだ姿も確認していないというのに、無鉄砲に扉を開き廊下を突っ走るター坊。
危なっかしい彼を案じてか、剥製に埋もれるヤガミンが困り眉を作ってゲットを見つめた。
あれだけ口喧嘩はしても、喧嘩するほど仲が良いといことなのだろう。
「うっ……!! こんなことなら、早めに委員長を起こしておけばよかったかな……」
いくらヤガミンに期待の目を向けられたとしても、危険を侵してまで教室の外には出たくないゲット。
しかし、自分から『彼女にはそのままにして』と言った手前、否が応でも行くしかなかった。
「何か言ったかしら?」
「あっ、いや……い、行って来るね!!」
バツの悪い顔でそそくさと扉を開けると、ゲットもター坊の後を追って廊下を駆けていく。
すると、隣の教室の前を通り過ぎた辺りで、ター坊が立ち止まっているのを見つける。
「良かった、近くにいた……ター坊、どうしたんだい?」
「いやさ……ゲット、あれ……あれって、何に見える!?」
ター坊の小さな指が震えている。
彼の指差す廊下の奥、太陽光が遮られて薄暗い通路の奥から、人影のようなものがたどたどしい足取りで迫っていた。
「何って、人……じゃない!? ひぃ!? な、なんだコイツ!!」
続きます。




