ガッタイコツ・その6(挿絵)
「してやられたわ! こっちにも手を回しとったんか、クソッ!! なんやねん、このヘビみたいに長い骨!? おいこら、クラヤミ離せやアホ! キッショイねん!!」
出口から伸びる、てんでバラバラの骨を無作為に連ねた長い腕。
必ず人体の形へ元通りというわけではなく、骨同士ならなんでも接続するらしい。
その一番細く、頼りなく凹んだ箇所に目掛けて、ガオルが飛び掛かる。
目の前で苦しむ友人を助けるために、我が身を捨てる覚悟で両手を動かしたのだ。
「カルシウム不足やったなクソ骨!! こんくらいなら、ワイかてチョロいモンや!! ングォォォ!!!」
とてもクラヤミを抱えて支えていられるとは思えない小さな骨。
その部位を破壊ないし取り外せれば、廊下での一件のように先端側が瓦解するはず。
一縷の望みに賭けて、ガオルは小骨の両端に指を掛けると、袋菓子を開けるようにググっと外向きへ力を入れる。
しかし、不可視の力で押し戻されるような感覚が邪魔をし、どんなに頑張ってもガオルの肩力では剥がせない。
そんな彼を見ながら、今も苦しむクラヤミは声を振り絞り警告を発した。
「だ、ダメです……ガオルさん……早く、逃げて……」
「ぎ、グギギ……アホ抜かすな! 置いて行かれへんやろ!! もうちょいなんや……!!」
「違います、うし、ろ……」
その声に反応し、振り返る暇も無かった。
ガオルの脚は途端に宙へと舞い上がり、あっという間に頭を超えていく。
気が付けば、彼の視界は上下がまったくのあべこべ。
頭に血が下がっていくのを感じていた。
「あいだだだ!? つ、潰れるわアホー!! アカンて、いやこれホンマにアカンやつやって!!」
教室のドアから伸びる腕だけが脅威ではない。
窓から覗く巨大な骸骨の腕、その大人の身の丈よりも大きな手が、ガオルの脚を握って持ち上げたのだ。
クレーンゲームの人形はきっとこんな気持ちだったのだろうか、そんな軽口を言える余裕も無いほどの激痛が彼の太ももに奔る。
ただでさえ擦れたダメージジーンズも完全に裂けており、プレス機のような人外の握力が加わっているとみて間違いないだろう。
その証拠に、ガオルの顔にはみるみる脂汗がにじみ出て、その両目を白黒とさせている。
「あぁ……ガオルさんまで……!!」
「グゥ……すまんクラヤミ、下手こいたわ! こんなろ、デカ骨! なに笑ろてんねん、見せモノやないで!! ギィヒィ、ウソやてゴメンて、堪忍してぇな!!」
逆さ吊りのガオルを嘲笑うように、窓の外にいる巨大ガイコツがカタカタと歯を打ち鳴らす。
その反応にカチンと頭にきたガオルが無謀にも喧嘩を売るが、すぐに脚を圧迫されて根を上げる始末。
もはや口喧嘩すらもさせてもらえない絶対絶命の状況。
そんな最中、ずっと骨をしゃぶっていた虎の剥製が口を開く。
「ンガゥ」
逆さまのため、今はガオルの頭の位置よりも高い所に張り付いた剥製。
その口から、ポロンと骨が転がり落ち、唾液でびちゃびちゃのソレが彼の顔を叩いた。
「おぇっ!? なんやこれ……ヨダレ!? お、お前まさか……」
骨だけではない、それ以降もボタボタと滴っており、次々にガオルの顔を濡らしていく。
厭な予感が込み上げ、彼は緊張で揺れる瞳をお腹へ向ける。
すると、優しかった丸い虎の目が鋭く睨んでおり、歯を剥くその表情は完全に野性を取り戻した臨戦態勢を構えていたのだ。
「う、ウソやろ……まさか、あのデカ骨に取って喰われるくらいなら、先に喰おうっちゅうつもりなんか!?」
「ガオルさん……!! 逃げて……!!」
「出来たら、とっくにやっとんねん!! おぉぉ、ちょちょちょ待てぇぇい!!!」
「ガゥルルル、グゥオ!!」
相手を威圧する咆哮。
それを合図に、あれだけ頑固に固執していたシャツを離れて、虎の剥製がガオルの頭を丸呑みするように落ちていった。
「そんな……!! きゃぁ……!!」
彼の最期を見るのが辛く、クラヤミが顔を背けた瞬間。
彼女を引っ張ることを邪魔していたガオルの手が離れたため、クラヤミの身体は一気に教室の外へと引きずり出されていく。
一瞬にして、廊下に充満する灰色の霧がクラヤミの視界を埋め尽くし、友の結末を拝むことすらも出来なかった。
墓場から甦った死者たちは、弔う事すら許さないらしい。
それでも聴覚だけは生きている。
五感が制限されたことで余計に研ぎ澄まされた彼女の耳に、ガオルの断末魔に近い悲鳴が木霊した。
「あぁ……なんてこと……」
強いショックかあるいは辛い現実からの逃避のためか、彼女の意識はそこでブラックアウトし、骨に拘束されながら深い霧の中へと落ちていくのであった。
迎賓室で二手に分かれた子供たち。
その最初に逃げたゲット、ター坊、ヤガミンの三人組は、霧の薄い空き教室へと逃げ込んでいた。
「ひぃ!? い、今……何か聞こえなかった? 悲鳴みたいな……」
「そうかぁ? オレはなんも聞こえなかったぜ。 ゲットさぁ、お前あんまりビクビクしてっから、聞こえないモンまで聞こえるんじゃねーの?」
「幻聴ってことかい……? でも絶対に聞き間違いなんかじゃ……」
教室の前後で二つある出入り口、その両方に一人ずつ、外を見張るように少年たちが立って言葉を交わしたいた。
臆病なゲットは顔半分だけを戸の窓に出し、恐る恐るといった様子。
ター坊の方は、覗き窓に背が届かないためか、椅子を足場にしている。
そんな彼らを恨めしそうな声で、教室の隅から呼び掛ける声が上がった。
「んもー!! アンタ達、そんな無駄口叩いてないで、この子達をなんとかしなさいよぉ!!」
床に倒れ伏したヤガミン。
その彼女へ縋るような形でのしかかる沢山の剥製達が、団子となって積み重なっていた。
続きます。




