ガッタイコツ・その5
「見て……ますね。 間違いなく、こちらを……」
「も、もしかするとやで……あの骨格標本のバケモン、あっこから入るつもりやないやろな……!?」
「いえ、流石に……あんな大きな身体じゃ、入れないと思いますけど……でも腕だけなら……」
彼女の一言で、ここが絶対に安全ではないのだと思い知らされ、ガオルはゴクリと息を飲み込む。
だからといって、尻尾を巻いて逃げ出すこともできない。
なぜならば、彼らは今、ヘビに睨まれたカエルのように、恐怖でその場に縛り付けられていたのだから。
そんな瞳の無い眼窩、すっぽり抉れた両の穴が、じっと二人を捉える。
視線などあるはず無いのに、肌がヒリつくほどに強く『見られている』という実感が少年少女を襲うのだ。
そして、何か言葉を話しているのか、シャレコウベは火打石のようにガチガチと顎を打ち鳴らし始めた。
次第に、その音へ共鳴するカタカタというカスタネットのような軽い音まで混じり出していく。
「こ、今度はなんや……!?」
吐き出される灰色の息で染まった窓の外、その闇の中を掻き分けて音の共鳴する音の正体が姿を見せた。
視界を奪う巨大シャレコウベの僅かな隙間を埋めるように、小さな頭蓋骨が宙を漂っていたのである。
それは廊下で見た、あの頭蓋骨で間違いない。
だが、それが一つまでの話。
ガオル達が呆気にとられていると、空中には次から次へと頭蓋骨が現れては消え、完全に窓の外を覆い尽くしていた。
これでは、隙を見て学校の外をカメラで撮るなど、絶対にできないだろう。
「これは……先回りされていたということですか……!? ガオルさん……残念ですが、どうやら私達は、この部屋へ追い込まれてしまったようです……」
「んなアホな!? なんでココに入るって分かんねん!? 思い付きで飛び込んだんやぞ!?」
「なぜでしょう……いえ、もしかしかしたら……!!」
少し悩むような仕草の後、クラヤミはバッとガオルの方へ振り返る。
正確には彼の少し下。
お腹に憑りついた虎の剥製に視線を集中させていた。
「手の骨……!!」
「骨……って、がぁ!? トラ公が食いよったアレか!!」
「骨同士が引き寄せる力、それで居場所がバレていたのかもしれませんね……」
「そういうことかいな……道理で本気で追って来んとは思っとったが……んがぁ、もぉぉ!! トラ公、お前のせいで面倒になっとるやんけ!!」
「ガゥ……?」
「ええから、離せや……ンギギギギ!!!」
「グゥルルル!!」
ガオルは今更必死になってベロちゃんの咥えているオシャブリを引っ張るが、やはり強靭な咬合力の前には歯が立たない。
一方、虎の方は状況を理解していないようなキョトンとした丸い眼のまま、ツパツパと骨をしゃぶり続けていた。
むしろ、ガオルと玩具の引っ張り合いで構ってもらえるとさえ勘違いしているに違いない。
だが、ここにきて骨を離そうが、離すまいが、そこは大した問題では無かった。
今重要なのは、この教室が囲まれているということなのである。
「ガオルさん……それよりも、ここから早く移動しませんと……!!」
「せ、せやった……!! ぬをぉ!? あの骨格標本のバケモン、マジで腕を突っ込んできよったで!?」
窓のサッシの擦れる音、アルミがへしゃげ、窓に力が加わる悲鳴のような金切り音。
それと同時に、教室の机をまるでゴミでも蹴散らすように軽々と吹き飛ばし、白く長く大きな腕が侵入していた。
あの巨大な骸骨からすれば人形みたいに小さな人間達。
それをクレーンゲームに見立てて手を『コの字』に開き、二人纏めて鷲掴もうと迫ってくる。
「こりゃアカンわ!! ドアや! さっき入って来た道、引き返すでクラヤミ!!」
「い、今、開けました……え?」
ガラリと引かれたドアの外。
だがそこには、教室へ入る時は影も形も無かった霧が隙間なく充満し、灰色の壁となって彼女を出迎えたのである。
支えとなった引き戸が無くなり、そのまま煙は教室へと雪崩れ込む。
しかし、それでも霧は後から押し出されるようにとめどなく溢れ、一切の切れ目を見せることは無い。
その様子から、廊下がどこまで霧で満たされているのか分かったものではなく、無策で飛び込めば自殺行為になりかねないだろう。
「こ、これでは……」
「なんやとぉ!? ぐ、ぐぐ……それでも捕まるよかマシやろ!! そのままツッコむで!!」
背に腹は代えられないとばかりに、少しでも希望の見えそうな択を選びガオルが叫ぶ。
そして、目の前のクラヤミの背中をポンと押してやった。
「は、はい……きゃぁ!!」
「クラヤミッ!? どないした!?」
ガオルもクラヤミも、骨は全て外に集まっているのだとばかり思っていた。
窓の外に、あれだけの大群がみえているのだから。
しかし、外に見えているのは巨大なものを除けば『頭』の骨ばかり。
つまり、『身体』はまだどこかに居るはずだったのだ。
それを失念していた二人であったが、霧の壁から突き出た無数の腕によって、ソレを嫌というほどに思い出すこととなる。
「小さい方の身体は、コチラに回り込んでいたようです……!! あぐっ!?」
明らかに人体の身体よりも多い関節、継ぎ接ぎで歪に連なった長い腕は、彼女の身体をガシリと掴む。
一本、二本、数えきれないくらいの腕が続き、クラヤミが完全に抵抗できなくなるくらい、あちこちをギュッと握っていく。
容赦の無い、無慈悲な握力は健在で、全身を圧迫されたクラヤミは苦しそうな『声にならない声』を漏らすのであった。
続きます。




