ガッタイコツ・その4(挿絵)
「大きい小さいは、この際どうでもええやろ。 前みたいにパシャーっとカメラで外出れへんのか?」
「それが、マヨイガッコウは結界のようなモノでして……その端の部分へ穴を開けるように、写真で切り取ってるんです。 なので……」
「なんやつまり、結界が大きいと端っこが分からんちゅうことか……」
「そういうことになります……」
カメラを抱えたクラヤミは、困ったように首を傾げる。
ファインダーから目を外して外景を望むその姿は、被写体が見つからず途方に暮れているよう。
彼女の視線の先には、まだ先の続く廊下が伸びているばかりであった。
「いや、ちょい待ち! ようは、端っこが見えればええんやろ?」
「ええ、まぁ……?」
「せやったら、教室の窓から外を見ればええだけやんけ!」
「…………それもそうですね!!」
クラヤミは思わずポンと膝を打ち、暗く落ち込んでいた顔にほんの少しだけ光が戻る。
灯台下暗しとばかりに、なぜそんな単純なことが思い付かなかったのかと驚きの表情を浮かべていた。
そんな彼女の反応を満足気に見届けると、ガオルは通りがかった教室の戸をサッと引く。
「善は急げやな! こないオカシな事、ガキだけでなんとかしようっちゅうのがおかしいねん。 はよ戻って、オカマ先生呼ぼうや」
「先生、強いですもんね」
「せやせや。 あのゴッツイ筋肉にかかれば、筋肉ゼロの骨どもなんてイチコロっちゅうわけや」
適当に入った空き教室。
そこで待っていたのは中途半端に引いた椅子、消しかけのホワイトボード、散らかった机。
どれも今しがたまで誰かがいたような痕跡であるが、人影はまるで見当たらない。
まるである時を境に、学校中の人間が消えてしまったかのよう。
しかし、実際に消えたのはマヨイガッコウへ迷い込んだガオル達の方。
この教室で、人の残り香に触れてしまうと、余計に孤独感が心を蝕んでいった。
隣に並ぶクラヤミも平気な顔をしているが、いつもよりも空気が重い。
それを誤魔化すように、ガオルの口数はだんだんと増やす。
少しでも希望の持てる言葉を投げて、どうにか心を保ちたいのだろう。
「ター坊達のこともな、バーっと走って、ダーっと連れ出してくれるねん。 そしたら、こんな骨だらけの世界ともおさらばや」
「そうですね……きっと、きっとやってくれますよ」
「そんで、帰ったらな、パーっと記事に仕立てあげるでクラヤミ! こんな体験、誰にも真似できへん臨場感を書き上げれるはずや!」
「はい、私も楽しみです……」
そんな世界の裏側にいるような不気味な空間の中、二人は窓際に近付いていく。
締め切られた窓の外、太陽が見えないのに夜とも言えない空の下、ガオルはそこに奇妙な雰囲気を感じ取る。
「なんや? あっこの廊下は霧が薄いっちゅうのに、外はやけに雲っとるやん」
「ですが……辛うじて、学校の外までは見えますね。 これなら、もしかしたら撮れるかもしれません」
「『もし』じゃ困るわ! いっそのこと、窓から出てまうか? 上履きやけど、ままえやろ」
「ふふ……なんだか悪い事してるみたいで、ドキドキしてきました」
非常事態ならばと図々しく窓を開け放つガオルを見つめ、クラヤミがクスリと笑う。
だが、すぐにその微笑みが掻き消え、怪訝な顔色へと急速に移り変わった。
「……ガオルさん、何か……聞こえませんか?」
「はぁ? 臆病者のゲットの悲鳴とかかいな」
「いえ、真面目に聞いてください……!!」
少し怒気の入ったクラヤミの声。
彼女の珍しい声色を察し、おどけていたガオルの顔付も引き締まる。
そして今度はそっと耳に手を当て、空気の振動すら逃さないつもりで五感を研ぎ澄ましていく。
すると、なにやらズン、ズン、と大槌で地を叩くような重い音が響いているのに気が付いた。
「さっきの骨やない……なんや、コレ……?」
記憶に新しい、乾いた軽い打撃音とはほど遠い。
等間隔に、小さな地震のように空気を揺らす何かがいるのだ。
「が、ガオルさん……あれ……」
「あれって、今度はなんや……アレ、あれれぇ!?」
あまりの衝撃に、彼の呂律も空回りし、目を白黒とさせて口が閉じられない。
なぜなら、クラヤミの指す窓の外、そこには思わず目を疑う光景が広がっていたからだ。
教室の窓枠に納まりきらない巨大なナニカが目の前を通過している。
それはまるで真っ白な樹木、見切れて上まで伸びたソレが、ゆったり上下しながら動いていた。
だが、この妙に見覚えのある白色を目にして、すぐに骨であることに気が付く。
何度も嫌という程に見せられた質感、見間違えるはずもない。
「きょ、きょきょ、巨大な骨!? 冗談は勘弁しいや!! どこの巨人やねん!?」
今まで遭遇した骸骨との一番の相違点、それはあまりにもソレが大きすぎるということ。
ある日、博物館で仰ぎ見た、クジラの骨格とも負けず劣らない迫力が窓を埋め尽くしているのだ。
そんな、どこを見ても視界を埋めるその巨大な骸骨は、教室の中程まで歩くと、ピタリと足を止めて制止する。
「と、止まったんか……? ちゃうぞ……コイツ、屈んどる!?」
ガギギギ、と重機が動くような鈍い摩擦音が窓を震わせ、窓枠に納まりきっていなかった巨人のシャレコウベが降りて来る。
先程開け放った窓に手を掛けると、ボウっと灯篭のような光がガオル達を睨み付けていた。
目玉の無いがらんどうの二つの穴、その奥に灯る不気味な眼光が煌々と照っているのだ。
そして、寒空に漏れ出す吐息のように、ゴハァと、シャレコウベの空いた歯の隙間から灰色の霧が溢れ出していく。
もうもうと陰る外の景色、空気は一瞬にして線香の匂いに染められてしまうのであった。




