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ガッタイコツ・その2

「ま、また走るのですか……? 私、もう体力の限界が近くて……」


 新聞部に逃げ込んで息は(ととの)っているはずだが、身体を動かすことを想像した途端、クラヤミはぐったりと肩を落とす。


 仮病(けびょう)のように分かりやすい反応から、おおかた目の前の怪異(かいい)をもっと観察したくて名残惜(なごりお)しいのだろう。

 同じ部員としてそこそこの付き合いがあるガオルはすぐに見破り、少し(とげ)のある語気で(いさ)めた。


「なら、あっこにおる骨の仲間になりたいんか!?」


「いえ、それは流石に……」


「せやったら、グダグダ言っとらんで脚動かさんかい!!」


「は、はぃっ……!! あ、でも一枚だけでも……」


 彼女の執着心はよほど深いらしく、せめてもの手土産にと、ジタバタ脚を動かす黒いオバケカメラのシャッターを切る。

 (きり)鬱蒼(うっそう)とした薄暗い廊下を照らす閃光(せんこう)、それは直視していないガオルでさえ目が(くら)むものであった。


「うぉっ!? (まぶ)しッ!?」


 しかし、がらんどうに(くぼ)んだガイコツの顔、そこに目玉はなく、フラッシュが()かれたところで怯むことはない。


 いつもならば、これで一瞬の(すき)を作ることが出来ていたはず。

 ところが相手は肉の無い死人、今回ばかりはクラヤミの行動が裏目に出てしまう。


「さぁ、お待たせしました……行きましょ……あら?」


 撮った即席写真(チェキ)を取り出すために、彼女がふと手元へ目線を下げた瞬間のことだった。

 グッ、とカメラを(つか)むクラヤミの腕が引っ張られたのである。


 目の端に映る、つるりと一切の(しわ)もない卵のような肌。

 異様に長いのに、不釣り合いなほど細い指。


 それは、さきほど(くず)れたはずのガイコツの左手だった。


「が、ガオルさん……!! どうしましょうッ!?」


「あぁもう、言わんこっちゃない!! グズグズしとるからや!!」


「そう言われましても……痛ッ……!! すごい力で、腕を()かれそうです……!!」


 さまよい歩くうちに削れたのか、ほっそりと伸びる指の骨はまるで刃の無いナイフのよう。

 じわじわとクラヤミの腕を圧迫(あっぱく)し、痛々しいほどに肌を赤く()めていく。


 その決して手を(ゆる)めようとしない、無機質で表情の無い骸骨(がいこつ)の顔。

 しかし左手からは、ハッキリと肉への憎しみを込めたような力強い感情が伝わってきたのだ。


「女子供に容赦(ようしゃ)なく手を出すんか!? こなくそ! 骨しかない(くせ)に、なんちゅう(つら)の皮の厚いヤツや!!」


 掴まってしまった彼女を助けるべく、ガオルが軽く助走を付けてガイコツの胸にドロップキックをブチかます。

 腕が片方欠けているガイコツは()(すべ)もなく豪快(ごうかい)に吹き飛び、霧の奥へとカランコロンと(かわ)いた音を立てて転がっていった。


 よほどの事が無ければ、これでしばらくは起き上がっては来ないはずだろう。

 ガオルは耳から遠ざかっていく骨の音に満足しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ケッ、ちょろいもんやな。 ほな行くでクラヤミ」


「んッ……待ってください……まだ……」


 (もだ)えるように苦しみ、腕を抱えるクラヤミ。

 不思議に思ってその腕を(のぞ)き込むと、蹴飛(けと)ばしたはずのガイコツの手がそこに残っていた。


 身体から切り離されてもなお、今も彼女の腕を引き裂こうと力を込めているらしい。

 ギィィと骨の(きし)む耳障りな音が、音叉(おんさ)のように鳴り響いていることからも明らかだ。


「げぇっ!? なんちゅう執念(しゅうねん)深さや!? ちょい待ち、ンギギギ……がぁっ!! アカン、万力(まんりき)みたいにビクともせぇへん……」


 ガオルは(あわ)てて彼女の腕に引っ付いた骨を引っ張る。


 しかし、つるりと掴みどころの無い表面や、既にかなり深く腕に食い込んだソレを握るのは困難。

 頑張ってはみたものの、焼け石に水程度の効果しか得られない。


「痛い……!! 千切(ちぎ)れそうです……!!」


「ど、どうすりゃええねん!? ワイかて助けたいわ!!」


 子供の力ではあまりにも無力。

 目の前で苦しむ友人の姿に絶望し頭を抱えるガオルだったが、俯いたその拍子に、胸に張り付いた(とら)剥製(はくせい)が視界に入る。


 その瞬間に彼の頭に電撃が走った。


「せや! トラ(こう)……お前、骨くらい食べれんのとちゃうか?」


 一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)も無い。

 出来ることは何でもやってみるしかないと、クラヤミの腕を虎に近付ける。


「グニャ? ガルルル、ガブッ!!」


 すると、最初こそ匂いを()いで警戒した『ベロ』ちゃんだが、すぐに骨へと器用に喰い付き、バキリと噛み砕いてくれた。


 丁度クラヤミの腕から一番ハミ出ていた部分、骨の手の甲を失ったことで、接続されていた指も関節を失ってボロボロと落ちていく。

 だが床に転がったそれらは、まるで芋虫(いもむし)のようにウネウネと()い、まだクラヤミを狙っているらしい。


「ホンマに取れた!! でかしたでトラ公!!」


「ハァッ、ハァッ……あ、ありがとうございます、ガオルさん、それにベロちゃんも……」


「息つく(ひま)はあれへんで! コイツらまだ動きよる!」


「それだけじゃ、なさそうですよ……向こうの方から、さらに二体ほど見えてきました……」


「ウソやろ!? どんだけおんねん!?」


 クラヤミの指す方向、さきほどガオルが蹴飛ばした骨の転がって行った廊下の奥。

 そこから、下半身だけの骨、浮遊する頭蓋骨(ずがいこつ)、ほぼ完全なパーツの揃ったガイコツなど、多種多様な怪異が迫っていた。


「しゃぁない、あっこは無理や! 反対側へ逃げんでクラヤミ!!」


「はい……!! この先に待ち伏せていないことを(いの)りましょう……」


「そういう不吉なことは、思っても口にすんなドアホ!! ホンマにおったらどうすんねん!!」

続きます。

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