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ガッタイコツ・その1

 だが、眠ったようにレンズカバーを閉じたカメラは何も答えず、ただただ無機物らしく手へ納まっている。


 この怪異(かいい)は気まぐれに起き出しては、しばらくするとこうして普通のカメラのフリを続けていた。

 ガオルに()いた剥製(はくせい)のように、互いにもっと交流できればと願うが、クラヤミの期待は(かな)わないでいた。


 返ってこない返事を諦め、彼女がハァと溜息を(こぼ)す。


「やっぱり、今日も眠ったままですね、この子……」


「持ち主に似て、えらい寝坊助(ねぼすけ)なんやろ。 案外、お前と同じようにオカルト話でもすりゃ、跳び起きるかもしれへんな」


「ンまぁっ! 私、そんなに見境(みさかい)の無い女だったでしょうか……!?」


「そんなもん……答えるまでもなく、せやろがい。 昨日、フラフラ危ないモンに近寄ったアホが何所(どこ)の誰やったか、自分の胸に聞いてみい!!」


 珍しく強気に反論する彼女に乗っかり、ガオルもバシッと伝家の宝刀の右手を炸裂(さくれつ)させてツッコミを差し込んだ。


 彼女は危うくテルテル坊主の人心供養(じんしんくよう)となる寸前であったため、下手すればこの異様な状況を楽しんでいるクラヤミに釘を刺す意味もあるのだろう。


 そして、ガオルに言われた通り、クラヤミはそっとワンピースの上に手を当て押し黙る。

 しばらく沈黙(ちんもく)が場を埋めたが、突然カッと目を見開いて彼女が声を張り上げた。


「…………衝撃(しょうげき)の事実です、ガオルさん!! どうやら、それは私のことでした!!」


「…………クラヤミお前、時々それが()なのか()()なのか分からんくて、怖いわ……」


 本当に驚いたとばかりに興奮しているクラヤミに引きつつ、ガオルは(あき)れながら話を流す。

 このまま引き延ばしても、彼女の独特なペースに飲まれて調子が狂いそうだからなのだろう。


 まともに相手をするのを(あきら)めたガオルが、新聞部の教室の戸をガラっと全開にして一歩踏み出す。

 その瞬間、入り込んでいた(きり)の量が増し、クラヤミが手にしている黒いカメラまで(おお)ってしまった。


 霧に触れたカメラは途端(とたん)にレンズカバーを外し、カメのような四つ脚をニュっと生やして立ち上がる。


「あら? カゲンブさんが、起きたようですね……?」


 さっさとター坊達と合流するつもりで部屋を出たガオルだったが、クラヤミの一声が気になりクルリとその場で振り返る。


 一方、彼の胸に引っ付いた『ベロ』ちゃんは、回転に合わせて舌を伸ばすことで、ワタアメでも()め取るように霧を食べていた。


「なんや、珍しいな。 噂をすれば影が差すっちゅうか、ソイツの場合は陽が登ったっちゅとこか」


「ですが、この子が起きたということは……この霧、やはり怪異(から)みで間違いなさそうですよ……」


「いやまぁ、普通じゃあれへんのは分かっとるて……そんなら、なんでこのトラ公には反応せんかったんや?」


 ガオルがワシワシと()でている(とら)の頭の剥製。

 それは現代科学では存在を説明できないだろう、充分過ぎる程におかしなオバケ。


 それだというのに、近くで写真を撮った際ですら、あのカメラは反応をまるで示さなかったのだ。


 そのガオルの疑問に対し、クラヤミは少し考える素振りをしてから、おずおずと答えだす。


「恐らくですが、剥製の(よみがえ)りは霧の副産物……この不気味な霧を出しているモノが、怪異の本体だからなのでしょう……」


「副産物ぅ? せやったら、本来は何を蘇らせるつもりだったちゅうねん」


「例えばですが……ガオルさんの後ろにいるモノとか……」


「はぁ? 後ろってなんやねん……?」


 先程出ようとしていた霧の充満する薄暗い廊下。

 ガオルがゆっくりと振り返ると、そのぼんやりとしたヴェールの向こうに怪しい光が二つ、ボッと燃えるように強く輝いていた。


 ゆらゆらと上下に揺れ、落ち着きのない光源は着実に近付いており、それだけ全体像がハッキリしだす。


 そして、ガオルの両目がしっかりとソレを捉えると、灯りの主はカタカタと乾いた笑みを浮かべたのだった。


「オワァァァッ!? なんやコレ!? が、が、骸骨(ガイコツ)が浮いとるッ!?」


「素晴らしい! この大きさ、恐らく成人した人骨でしょう!!」


「いらん情報足すなアホ!! 余計おぞましくなったやろがい!!」


 腰から下、そして右腕の欠けた(いびつ)な骸骨。

 剥製達と同じようにぷかぷかと宙へ浮き、その度に全身の骨が干渉(かんしょう)してカタカタ音を立てて耳障(みみざわ)り。


 さらに髪は完全に抜けており、所々ひび割れたその表面から、墓場の香りが(ただよ)ってくる。


 そんな骸骨がしばらく骨を打ち鳴らした笑いを上げると、喜々とした様子で骨ばった左腕を伸ばしてきた。


「げぇっ!? なにすんねん、アホ!! 近寄んなや、気持ち悪い!!」


 肉の無い身体は大人相当といえども非情に軽く、ガオルの喧嘩(けんか)キックでガシャンと廊下の窓に打ち付けられ、無残にもバラバラと崩れてしまう。


 ところが、まるで逆再生のように、カラカラと笑いながらその崩壊(ほうかい)した身体が元に戻り始めていた。

 既に尽き果てた命、それは尽きることの無い命でもあり、まるでダメージを受けた様子が見られない。


「ンまぁ! この怪異、スゴイですよガオルさん! 写真に残しておきましょう!」


「んな悠長(ゆうちょう)なこと言っとる場合かい、このオカルトバカ!! コイツらいくら蹴ってもピンピンしとるんやぞ!! 付き合うだけ無駄や、さっさと逃げんでクラヤミ!!」

続きます。

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