リビングヘッド・その3
「きゃっ! こ、これって……!? ター坊、あんたどこに大根走持ってたのよ!?」
「へへ、あいつ夜になると腐って消えちゃうからさ。 食堂のおばちゃんに頼んで浅漬けにしてもらったんだぜ! オカマ先生からも隠せるし、スカート捲りにもってこいってわけ!」
「おバカ……と言いたいところだけど、今日のところは見逃してあげる! 早く逃げて!! もう追って来てるわよ!!」
テケテケ騒動の時を思い出すようにヤガミンがター坊の頭にしがみ付く。
体格的に抱っこされている彼女の方が大きい。
そのため、運びながら走ると重心が不安定になってしまうので、こうしてギュッと身体を寄せてブレを少なくする必要があったのだ。
二人が駆けだしたのを確認すると、一人で逃げ出そうとしていたゲットが今だとばかりに声を出す。
「よし、みんなコッチだ! 霧が濃いから、はぐれないで! ボクが先導するよ!!」
そう言い捨てると、脱兎の如く一目散に廊下の奥へと消えていく。
「っておい!! 追えって言っても、もう見えねぇじゃん!!」
「待って、ター坊! あの光、ゲットじゃない?」
跳ねる眼鏡を直しながらヤガミンが指差す先。
一寸先も隠してしまう霧の中、そこでぼんやりとホタルのような光が浮んでいた。
それは、ゲットのパーカーのフードに隠れているフユウサギが、仄かに輝いているもの。
「おし、あれか! 掴まってろヤガミン! 必殺、神風スーパーターボでかっ飛ばすぜぇ!!」
「キャァァァ!? 逃げるのも大事だけど、もっと安全に走りなさいよ、おバカ!!」
大根の怪異、一種のマンドラゴラの力を得たター坊達は、瞬く間に剥製達を置き去りにしていく。
動物をも超える驚異の身体能力を一時的に宿した彼を捉えることは、誰にもできはしないのだ。
だが、置き去りにしたのは剥製達だけではない。
「んなっ!? アイツら薄情もんやな!? ワイらも続くでクラヤミ!!」
「はひ、はひぃ……待ってくださいガオルさん……私、運動が苦手でして……」
踵を返して虎の剥製から距離を取っていたガオルが、トロトロと小走りしているクラヤミの背中に手を当てる。
「か~っ!! そのデカイ図体は飾りかっちゅうに! ほれ、押したるからキビキビ走るで!! 頭と身体がくっ付いとる内にな!!」
「はいぃ……リビングデッドに興味はありますけど……なりたくは、ありませんので……ぜひゅ……」
しかし、脚の遅いクラヤミをカバーするために出遅れてしまったガオル達が目を上げても、既に廊下は霧に飲まれてお先真っ暗。
目印になるものは何も無い。
「こ、この先、どうしましょうガオルさん……!?」
「しゃぁない! ともかく曲がって曲がって、なんとか後ろの猛獣を撒くしかないやろ!」
「で、では……こっちですね!?」
得意分野以外ではてんで頼りないクラヤミが、不安そうに十字路を指した。
だが、ガオルの背中に迫る気配がグングンと近付いており、もはや猶予が無い。
獲物を捉えるために最適化してきた肉食動物と、多少元気が有り余る程度の子供では身体能力が違い過ぎるのだ。
危機的状況にイラついたような声で、ともかく行動してくれと祈るようにガオルが叫ぶ。
「どっちでもええわ!! ともかく曲がれ! 真っ直ぐじゃアイツらに勝てへんて!!」
ガオルが後ろから押して走る都合上、曲がるには車の前輪のようにクラヤミが方向を変える必要がある。
そうして、彼女は言われるがままに、えいやと十字路を横に飛び込んでいく。
だが、それは先に逃げていたゲットやター坊達とは別のルート。
生徒は二つのグループに分かれて逃走することになってしまう。
かといって、獲物を追いかける剥製達は待ってくれはしない。
だからこそ考える間もなく直感的に動くしかなかったのだ。
「ぜひゅッ……はひッ……!! ここ、部室棟ですよガオルさん!!」
必死に走り続け、足元から反響する聞き慣れた床材の音にクラヤミが反応する。
たとえ霧で見えなくとも、耳はいつも通り機能しているのだ。
「せやったら新聞部や、あっこなら周り見えんでも場所くらい覚えとるやろ?」
「は、はい……!!」
二人は自分達が所属し、常日頃たむろしている部室を思い浮かべ、帰巣本能のような勘に近い感覚で霧を抜ける。
そうして、本当に辿り着いて中へと雪崩れ込んだ。
クラヤミは体力の限界のようで、その場に倒れ込んでしまったが、ガオルはキッチリと扉の鍵を施錠して剥製達から身を護ることを忘れない。
「だはぁ~ッ!! ごっつ、しんどかったわッ!! せやけど、ター坊たちは大丈夫なんかな」
「ひゅ……はぇ……その、全部、私達を、追って、ましたから、大丈夫、かと……」
「まぁ、それもそうやな。 それよりクラヤミ、普段からもうちっと運動しとき。 これじゃ命がいくつあっても足らんわ」
「はひぃ……」
珠のような汗を流しながら、二人は一先ずの安息を堪能する。
身体を休め、肺へ目一杯に空気を送り込み、心臓が爆発しそうになるのを抑えるのだ。
そうしている間も、臭いを辿ってきたのか、撒いたはずの剥製達が窓の外を横切るのが目に映る。
その瞬間、鎮まろうとしていた心臓が再び跳ね上がってしまう。
「ンガッ……!?」
思わず飛び出た絶叫をなんとか飲み込み、息を殺してやり過ごす。
あのバケモノ達は頭だけのために足音がしない、だから接近していたことが分からないのだ。
体感的に1分ほどそうしていると、廊下の奥に消えていく咆哮が響き渡る。
「い、行ったか……驚かすなや……ホンマに」
「いえ、ガオルさん……そ、そこに……」
震えて口を抑えるクラヤミの視線。
その先を追うように、ガオルが恐る恐ると目を動かす。
続きます。




