リビングヘッド・その2
「生きてる……いや、こいつら皆生き返ったんだ!?」
「アホ抜かせター坊!! 中身も無い皮だけのヤツらが、生き返るもなにもないやろがい!!」
「んなこと言ったってよぉ! 現に、こうして目の前にいるじゃねぇか!!」
先頭にいたター坊とガオルだが、二人はあろうことか剥製達の目と鼻の先で言い争いを始めてしまう。
目の前の恐怖に対し、少しでも逃避しようとする脳の働きなのかもしれない。
しかしそうこうしている内にも、虎の頭は見えない脚を一歩踏み出すように、浮遊する首をゆっくりと近付けていた。
接近した分だけハッキリ感じる熱の籠った吐息。
その生暖かい生命の息吹には、否定的だったガオルも流石に確信せざるを得ず、直感的に身を引く。
いくら逃避しようとしても逃れられないリアリティが、彼の鼻腔から脳を揺らして叩き起こすのだ。
「ウッ!? た、ター坊……これは、ホンマに生きとるかもしれん」
「だろ?」
目の前の肉食動物を刺激しないよう、身体を反った状態で固まってしまったガオル。
そんな彼の服に鼻を近づけると、虎の頭は値踏みするように鼻を鳴らす。
「あな、あなた達! こ、これってかなりマズい状況なんじゃないかしら……!?」
もはや子供たちがご馳走判定されるのも秒読みだろう。
それを察し、震える声でヤガミンがガオルの襟首を軽く引っ張る。
だが、虎に臭いを嗅がれているガオルは動くわけにもいかず、声も出せずに無言で助けを求める視線を送り返すしかなかった。
「な、なぁガオル……? もしかして、お前……狙われてないか?」
「アホ、声出すなや……ひぃ……ワイかて、んなこと分かっとるっちゅうねん……」
危機感の欠けていたター坊だったが、虎の頭がガオルのシャツをガジガジと噛み始めたあたりでようやく状況を飲み込めたようである。
心配されている本人は、脂汗をだくだくと流し、もはや諦めたような力の無いツッコミを入れるのが精一杯。
死を予見したためか、ガオルの口はヒクヒクと痙攣させて、魂が抜け出たような蒼白な表情となってしまっていた。
「あ……こりゃ、マジのやつじゃん……なぁヤガミン、さっきの噛み付く髪の毛で追っ払っちまえよ!」
「無理言わないでよ、そんな急に怒れないもの……ど、どうしよう……私も脚がすくんで来ちゃって……」
「げぇっ!? じゃ、じゃあ……今、こいつらをやっつける手段って……」
「無い……わね……」
「ってことは、ガオルは……」
少年は、その先を口に出来なかった。
すればガオルの命が、本当に尽きてしまうような気がしたのだから。
それはヤガミンも同じ気持ちだったようで、口元を押えてハラハラとガオルの姿を見守るしか出来なかった。
急にシンと静まり返った廊下。
ツパ、ツパとガオルのシャツを離乳出来ない子猫のように吸い上げる音だけが響き渡る。
匂いの染み付いた衣服に気を取られて満足している内はいい。
だが、相手は得体の知れないバケモノなのだ、いつ機嫌を損ねて牙を剥くとも分からない。
実際、ガオルは薄い布越しに当たる堅い牙が幾度もお腹を擦っており、その太い刃ならばいとも容易く腸を食い破れると理解しているのだから。
「あ、アカン……死ぬ……!!」
糸の張り詰めたようなギリギリの緊張感が場を制し、見捨てることも救うことも出来ない絶望の場面。
そんな彼らの後ろで見守っていたクラヤミが、ふと背後に気配を感じる。
「あら? ゲットさん……どちらへ行かれるのですか?」
友人が身をガチガチに強張らせている中、背が高いので最後方に並んでいたはずの彼女が振り返る。
そこには、我先にと忍び足で逃げ出そうとする、人一倍に臆病者のゲットの姿。
茶髪だった髪の毛は、恐怖に直面したあまり真っ白に染まっていた。
「シ~!! 逃げるに決まってるだろ!! 皆も何してるのさ!! このままじゃ食べられちゃうよ!?」
彼は口元に人差し指を立て声を潜めながら忠告するが、とても先頭のガオル達には届かないだろう。
だからだろうか、それを代弁するようにクラヤミは口元をメガホンのように両手で囲い、いつもより大きめの声を張り上げる。
「みなさ~ん! ゲットさんが、逃げましょうと提案してますよ! 私達も早く逃げましょう!」
「ちょっと、クラヤミさん!? バケモノ達が反応したらどうするのさ!?」
慌ててゲットが彼女の口を塞ごうとするが、時すでに遅し。
その声で剥製達は耳をピンと立てて警戒状態に入ってしまった。
もちろんガオルのシャツを齧っていた虎も例外ではなく、グルルと野太くイラついたような唸り声を上げている。
シャツを口から放し、ついに鋭い牙を立てたのだ。
「ヤベェ!? 逃げるぞガオル!! ヤガミンもボサっとすんな!!」
「ハッ!? せやったわ! 意識ブッ飛んでたわ」
「ちょ、ちょっと待って、脚がすくんでるって言ったじゃない!!」
「あぁ、もう仕方ねぇな!!」
おぼつかない足取りのヤガミンを見兼ねたター坊は、すぐさまポケットに仕舞っていた小包を取り出す。
そのジップロックのような透明の袋を開けて中身を自分の口へと放り込むと、ほとんど噛まずに飲み下した。
すると、どこからそんな力が湧いたのか、ヤガミンをお姫様抱っこにして駆けだすのであった。
続きます。




