リビングヘッド・その1(挿絵)
部屋の外から聞こえた不審な物音。
それを確かめるため、掃除は一時中断することに。
そしてヤガミンにせっつかれた男子三人組が先頭に立ち、後ろに女子二人組が続く形で廊下へのドアノブに手を掛けた。
ギィと、再び重い扉を開くと、すぐさま窓から入って来たものと同じ霧が漏れ出してくる。
「げぇ、学校の中にも煙が来てるぜ」
「どうなってるんだ、いったい……? 先生達はコレに何か言ってないのかな?」
「そういや変やな……放送部の連中もダンマリやんけ。 あいつら、しょうもないツマランことしか喋れへんのか」
「いえ、ゲットさん。 濃霧警報は録音だと聴いたことがありますから、手間は無いはずですよ。 よほどの事が無ければ一人でも簡単に放送できるはずなのですが……」
「ちゅうことは、余程の事態ってわけやな、これは」
学校中に充満する深い霧。
廊下に出ても、天井の蛍光灯すらぼんやりと霞めてしまい、足元すらハッキリとしない状態であった。
「ほら、アンタ達突っ立ってないで剥製を直す! そこにいつまでもいられたら、部屋の中に匂いが入っちゃうでしょ!」
「んなこと言ったってよぉ、ヤガミン……これじゃ何も見えねぇって」
「また言い訳……?」
最後尾に続くヤガミンがバタンと迎賓室の扉を閉めると、廊下の薄暗さに目を丸くする。
「ウソでしょ、なんで中まで霧が出てるのよ!?」
「それはボク達が聞きたいくらいだよ」
ひんやりと冷たい朝霧のような白さ、それが子供たちの体温を奪うのだろうか。
暖かい季節だというのに、ゲットは腕をしきりに摩りながら答える。
「しゃぁなしや、手探りで壁をなぞれば外れた剥製も見つかるやろ。 さっさと先生んとこ帰ろや。 それでええやろ委員長?」
「そ、それもそうね。 早く終わらせましょ」
ヤガミンもようやくこの不測の事態に動揺したのか、ガオルの提案へ素直に乗る。
そして、聞いていた皆がおずおずと壁に手を当てたところで、唯一の不満の声が上がった。
「え~、オレ高い所は届かないぜ?」
「では、一番背の高い私が上の方をやりますから、ター坊さんは床に落ちてないか確認してもらえますか?」
「お! じゃぁ任せたぜクラヤミ! へへ、そんでこっちは名犬ター坊復活だぜ、ワオワオーン!」
先程ゲットをからかった時のように四つん這いになると、月へと遠吠えする狼のような仕草を真似る。
そんなター坊に対し、指鉄砲を構えた猟師の真似をするガオルが、ズドンとツッコミを入れた。
「ガハハ、そんな吠えとると、お前も剥製にされんでター坊」
「おいおい、縁起でもないこと言わないでくれよ……」
相変わらず剥製に忌避感を抱いているのか、ゲットは苦い顔で二人のやり取りを眺めている。
彼らの小芝居が落ち着くと、合図も無しに生徒達は壁を伝い始めた。
この霧の中では少しでも離れると見失いそうになるため、誰もが置いて行かれたくないと脚を動かすからだろう。
だが少しも歩かない内から、壁を伝う者達はその手に違和感を覚えていた。
「ね、ねぇ……剥製、見つかった? 私、全然見えてこないんだれど……」
「いえ、今のところは……」
「こっちの壁に付いとったよな……なんで一個も触らへんねや、オカシイやろ」
「ぜ、全部落ちた……とか? ター坊、どう?」
ゲットが僅かな可能性を信じて先頭に這うター坊を見下ろす。
犬のように歩く少年は、四つの手脚でペタペタとくまなく探しており、まず見落としは無いだろう。
「え、上に頭ねぇの!? こっちだって、何も落ちてないぜ?」
ター坊が不思議そうな顔で振り返り答えると、すぐさま悲鳴のような金切り声でヤガミンが叫んだ。
「それ本当なのター坊!? どうしよう貴重な剥製なのに!!」
「まさか、盗まれたのでしょうか?」
「貴重や言うくらいやしなぁ、売ったらナンボになんねやろ?」
「火事場泥棒みたな霧場泥棒がいるってこと? 襲われそうだし、ボクは遭遇したくないなぁ……」
子供ばかりの小学校。
オカマ先生などの例外こそいるが、それを除けば非力な少年少女が集まっているのだ。
犯罪者がいるかもしれないという、もしもの話が上がると、皆一斉に緊張感を高めていく。
「泥棒て、ゲットお前……ちょい待ち! 前見てみい! なんかおるで!!」
「ウソでしょ!? 本当に泥棒!?」
「いえ、そうではなさそうですよ……」
薄暗い霧の中、窓から差し込む光に目が慣れて来ると、廊下に浮ぶ怪しい眼光の主の姿が鮮明となる。
霧の中に浮かび上がって来たのは、人間にしては毛深い顔。
さらに人間にしては大きい耳、人間にしては大きな口、そして何より人を丸齧り出来そうな鋭い牙。
それは、探していたはずの剥製の姿であった。
「あっコイツ! さっきオレが口に手を入れた虎じゃん!!」
「なんやコイツ!? 浮いとるで!? ゲット、お前また何かやったんか!?」
「いやいやいや、知らない知らない!! だいたい、その虎……まるで生きてるみたいに息をしてるじゃないか!!」
ゲットの言う通り、出現した虎の剥製は興奮したように荒く息を吐き、口の端からはヨダレが滴り落ちている。
「ちょ、ちょっと待って……後ろ! アイツの後ろにもまだ何か……!!」
ヤガミンの震える声につられて奥を見ると、無数の獣の瞳が暗闇で輝いていた。
どれもこの廊下に飾られていた剥製達。
見覚えのある様々な動物が、獲物を狙う獰猛なハンターの光を目に宿しているのである。




