リビングデッド・その3(挿絵)
「形かぁ……でもやっぱり少し不気味だよね。 死んでいると分かっていてもさ、ここまで生前の形そのままだと、今にも生き返りそうじゃないかい?」
「実際、エジプトのミイラなどは、生き返りを期待して肉体を保存していたそうですから。 あながちゲットさんの考えも間違いではないかもしれませんよ?」
「はぁ、馬鹿馬鹿しいわね……死んだら生き返らないなんて、常識でしょ? あなたたちは、もう5年生なんだから、いつまでも子供みたいなことで盛り上がってないで掃除する! ほら、中に入って!!」
いつまでも廊下で会話を続ける問題児達に業を煮やし、お目付け役のヤガミンが扉を開けて促す。
ガッチャンと重厚な音を立てて開かれたその扉は、気密性が異様に高くかなり仰々しい。
迎賓というだけあり、小学生の騒がしい声が漏れ入らない様に工夫してあるのだろう。
まるで放送室の防音扉に似た分厚い扉が、大きな口を開けて少年たちを出迎えた。
「お、おい……引っ張るなって!」
「散々待ってあげたでしょ! 言い訳は掃除の後に聞きます!」
その場にいた皆がまだ喋り足りないような空気をだしているので、ヤガミンが手始めにター坊の襟首を掴み、部屋の中へと放り込む。
「どわぁぁぁ!?」
まるでボウリングの球のように投げ込まれたター坊は、部屋の中へと向かってゴロゴロ転げていく。
その乱雑な扱いを目の当たりにして、流石に他の生徒も渋々ながら後に続いた。
「でもよぉ……もしかしたら、本当に生き返るかもしれないぜ? だって、最近オレ達の学校って変なこと多いじゃん」
ゴロンと引っ繰り返ったター坊は、そのままの体勢でポツリと語る。
この一言に、その場にいた全員がドキリと目を見開いた。
なぜならば、『学校に起こる変なこと』にみんな心当たりがあったからである。
だが、中でも一番の小心者であるゲットが、願望のように口早くその言葉へ異議を唱えた。
「い、いやいやいや! そんなに連日不思議なことが起きるわけないだろ!? ボクはもうゴメンだよ!!」
ところが彼とは正反対に、異常が起きてくれとばかりに赤い目を輝かせるクラヤミが声を張る。
「あぁ! 私としては、ぜひともこの眼でみたいものです! 動く死体、『リビングデッド』の姿を!!」
「なんや、ゾンビとはちゃうんか?」
「全然違いますとも! いいですか、リビングデッドというのは……」
「んもぉ~!! クラヤミさんだけはまともだと思ってたのに!! みんないい加減に掃除しなさいってば!!」
いくら言い聞かせても従わない問題児達へ、わなわなと怒りを貯め込んでいたヤガミン。
彼女が怒髪天に達すると、結っていたシニヨンカバーの紐がブチリと千切れ落ちる。
そして、彼女の髪に憑いている『守神様』と呼ばれる髪で出来た龍が牙を剥いた。
「げぇっ!? 堪忍袋が……!! や、ヤガミン落ち着けって!」
「マズいで、委員長がブチ切れモードや!!」
「ひえぇ!? 何その髪の毛!? え、というか皆知ってるのコレ!? 知らないのボクだけ!?」
「あら、まぁ……そういえばゲットさんには言って無かったですね……」
結局、その後はサボった瞬間に噛み付くカミカミサマが彼らをせっつき、あっと言う間に掃除は進む。
幸いなことに、滅多に人を入れる部屋では無いということもあり、やることは適度にホコリを掃き取る程度。
籠り切った空気の入れ替えのため、後は窓を開けて換気すれば終わる所だった。
「へへ、やっぱしこの人数だとパパっと終わっちまうな! いつもはオレ一人だからな、今日は楽チンだぜ!」
「それはあんたが懲りもせず、悪戯ばかりするからでしょ! あ……ター坊、そこの窓開けて置いて」
「これか? よっと……」
あくまでも自身は手を出さずに口を出し、ヤガミンはテキパキと指示を飛ばす。
そして、彼女の眼に着いたガオルのやる気の無い掃除を発見すると、すぐさま檄を入れた。
「ほらそこ! 何気ない調度品だって高価なんだから、丁寧にやって!」
「へいへい……なぁター坊、委員長いつもこんな調子なんか……? オカンより口煩い女は初めて見たわ、あだっ!?」
「おう、そうだぜ。 いでっ!? なんだよ、今は手を動かしてただろ! 噛むなって!!」
ヤガミンはただ口を出すだけにとどまらず、ガオルとター坊のコソコソ話も地獄耳で聞きつけ、カミカミサマの口が出る。
ガブリと彼らのお尻に噛みつくと、二人とも痛みで跳び上がって涙を浮かべていた。
あくまでも髪なので牙は無いが、指でギュッとつねるような痛みが奔るらしい。
「あら、ごめんさいね。 私のことを噂してたみたいだから」
「本当に動くんだ、その髪……」
その一部始終を恐る恐ると遠巻きに眺めていたゲットが、顔を青ざめながら呟く。
目の前の出来事が、何度見ても信じられないとばかりに驚きっぱなしだ。
カミカミサマはヤガミンの意思に従っているので危険性は無いと理解できても、やはり怖い物は怖いらしい。
もっとも、そんなゲットのパーカーのフードの中にも、綿埃のような怪異『浮遊兎』が潜んでいるので他人ごとではないのであるが。
今もチラリと鼻先だけを突き出して、ヒクヒクと周囲の匂いを嗅いでいる。
本人はまだ気が付いていないが、昨日の事件で懐いてしまい、こうやって憑いてしまったのだ。




