リビングデッド・その2
彼女が足を止めた扉の上には『迎賓室』と書かれたプレートが伸びており、心なしか教室の物よりピカピカに磨かれている。
新品同然のプレートもそうだが、扉の下に敷かれた絨毯でさえ校長室のものより豪華であり、まるで高級なホテルの一室のよう。
「なぁなぁヤガミン、下品室ってなんだ? もしかして便所より汚いわけじゃないよな……うへぇ、オレもっと簡単なお仕置きだと思ってたのに……」
「おバカ! ゲヒンじゃなくてゲイヒンよ! 偉い人をお迎えするとっても立派なお部屋のこと! 飾ってあるものを見れば、一目で格の違いくらい分かるでしょうが!!」
ター坊の聞き間違いを正すと、ヤガミンは廊下の壁に掛かっている『剥製』達を指差した。
そこには、目を疑うほどにリアルな『動物の生首』が生えている。
まるで壁に穴が開いており、そこからにゅっと頭だけを出しているような様々な動物達。
だが、その眼に生気は無く、息遣いもまた感じられない。
ただただ、時が止まったようにジッと廊下を見下ろすばかりであった。
「うわっ!? 何だいこれ、まるで本物みたいじゃないか……」
「ししし、何だよゲット~……お前怖いのか~? どうせ作り物だろ、オレなんて全然怖くないもんね~! ホレホレ、噛んでみろ~」
そう言うと、ター坊は背伸びして、見せびらかすように虎の剥製の口へ手を突っ込む。
もちろん少年の手が噛まれることは無く、剥製は無表情を貫いていた。
「ぼ、ボクだって、怖くないさ! ちょっと、あんまりにも精巧に出来てるから驚いただけさ!」
「そう言う割には、ちょっとづつ距離取ってるやんけ。 ホンマは怖いんやろ?」
「う、うるさいな~」
度胸試しが出来る状況に直面するなり、止める間もなく遊び始める男子三人組。
皆同じクラスということもあり、気の知れた仲間といるとつい気が緩むのだろう。
今が罰則中だということも忘れて騒いでいる。
その様子に頭を抱えたヤガミンをなだめながら、クラヤミもその会話へ加わっていく。
「作り物、とは言いますが……皮は本物ですよ。 これらは剥製というもので、生前の形をそのまま残すために中身を抜いて、防腐処理した後に詰め物が入れられているんです。 博物館などで全身剥製を見たことあるでしょう? それの首だけのものですね」
「クラヤミ、お前……こういうけったいなもんは、ホンマ詳しいし口数多くなるんやな……」
「げぇっ!? じゃぁ、コイツも昔は生きてたってのかよ!?」
クラヤミの話を聞いた途端、ター坊は虎の口に突っ込んでいた拳を引っ込める。
その時、気のせいかもしれないが、微かにター坊の指がヌメっとした粘液を帯びていたように感じられた。
「ぷっ! なぁんだ、ター坊も怖いんじゃないか。 手汗が凄いよ……ほらハンカチ貸すから」
「び、ビビッてねぇし!」
「ガハハ、今回は引き分けっちゅうところやな」
ター坊が剥製から手を放し、男子の遊びが一段落したのを見計らい、ヤガミンがようやく口を挟む。
「はいはい、もうお遊びはお終いね! でも、クラヤミさんのいう通り、ここに寄贈されている剥製は全部本物よ。 近くの動物園にいた子達らしいわ。 ほら、毎年園長さんが全校集会にいらっしゃるでしょ? まぁ、アンタ達は寝てて聴いてないでしょうけど」
「へへ、オレなんて式が始まる前から寝てるぜ!」
「自慢するところじゃ無いでしょ、おバカ!」
胸を張って豪語するター坊。
彼の頭をヤガミンがパチコンと叩いて諫めた。
その拍子に手放したハンカチは、ゲットがすかさず手を伸ばしキャッチする。
バスケで鍛えているだけあり、反射神経はかなりのものであった。
「いてて……にしてもよぉ、可哀想だよなぁコイツ等。 死んでもこんな晒し者なんてよ……宿題忘れて黒板に名前書かれたオレみたいじゃん。 学校裏の墓地に埋めてやろうぜ?」
「キミと同列にされるほうが可哀想な気もするけど……まぁ、思い出は心の中にあれば充分ってことかい?」
受け取ったハンカチを仕舞いながら、ゲットがポツリと呟いた。
ター坊の主張する、『埋めるべき』という意見に少なからず同意の気持ちがあるのだろう。
そんな憐れむ気持ちを抱える二人に割って入り、ガオルが否定するように指を振る。
「チッチッチ……分かっとらんなぁ、お前ら。 ええか、思い出なんてのはいつか忘れてまうねん。 せやから、クラヤミの写真やワイの記事、それにコイツら剥製みたいに『目に見える形』として残す必要があんねんな」
「そうですね、ガオルさんの言う通りです。 むしろ、可哀想なのは誰からも忘れられてしまう事。 裏のお墓参りのもそうですが、誰かに想って貰えると言うことはとても幸せなことなんですよ。 怪談だって忘れてしまえば消えてしまうのですから」
「怪談は知らんど、まぁせやな。 さっきも2組のやつが墓参り行っとったし、墓っちゅうのも『形』の一つや」
新聞部として活動するガオルとクラヤミは思う所があるのか、先のゲットやター坊とは異なる意見をぶつけた。
続きます。




