リビングデッド・その1
ここ伊勢海小学校では、情操教育の一環としてとしてクラスごとにペットや植物を育てることが義務付けられている。
例えば、ター坊達のクラスでは裏庭の畑などだ。
畑づくりから種まき、収穫にいたるまで、一連の流れをクラス一丸となって行うこととなる。
ところが、動物を飼育するとなると少し話が変わる。
「うぅ……グス、ハムちゃん……」
「ほら、泣かないで。 皆に愛をいっぱい貰って、ハムちゃんも幸せだったはずよ」
女の子は小さな両手で蕾のような器を作り、これまた小動物を横たえていた。
色柄からして、ジャンガリアンハムスターであると思われ、まるで冬眠しているかのように微動だにしない。
ポタポタと零れ落ちる少女の涙を浴びて濡れそぼった毛並みは、見ている者をなんとも悲しい気持ちにさせてくる。
毛皮がペタリと萎むと、こんなにも小さな身体だったのかと痛感させられるからだ。
鼻をすする女の子の肩を抱く女教師もまた、顔にこそ出さないが悲しみを胸いっぱいに抱えていた。
それでも大人としての務めとして、涙をこらえて周囲に集まった生徒達へ振り向く。
「さぁ……みんなで最期のお別れをしましょうね。 ハムちゃんに、バイバイって」
「バイバイ……」
「ひぐ、うぅ……バイバイ!!」
男子も女子も、その場に居合わせる誰もが、顔をくしゃくしゃに崩しながら口々に別れを告げる。
嗚咽混じりでぐずっている子がなんとか言い終えると、女教師は女の子の手から小動物を預かり、足元の小穴へそっと下ろした。
コトンと地に横たわるソレは、脚がピンと棒のように揺らし、既に生気がないことを伝えて来る。
そして、安らかな顔の亡骸に布団をかけてやるように優しく土を被せていった。
「それでは、後はよろしくお願いします住職さん。 いつもお墓の一角をお借りして、すみません……」
「いえいえ、構いませんよ。 こちらで眠る皆様も、可愛らしいお友達がいらして、きっと喜ばれていますから」
女教師は、頭を丸めて恰幅の良い初老の男性に向かって頭を下げる。
住職と呼ばれたその男性は、慈愛に満ちた笑顔で返すと、今しがた埋めた小さな墓に念仏を唱え始めた。
学年が変わると、クラス替えが生じる。
そのため、飼育できる動物は基本的に短命なものに限られてしまう。
結果として、予想以上に早く病気などで死んでしまうことがあり、こうして生徒達が『死』というものを直視することになるのであった。
そして学校のすぐ後ろ側、裏山との境にあるこの墓地には、こうして歴代の子供たちとお別れした動物達を埋めさせてもらっている。
子供でも歩いていける距離ということもあり、休み時間などを利用して墓の様子を見に来る生徒も時折だが散見された。
翌日、早速その墓参りへと向かう生徒の姿。
さらにその背中を通りすがりに注視する少年の姿があった。
「お、なんや2組のヤツやん。 どこ行くんやろ、あっこは確か……あぁ、せやったな。 昨日ハムスターが逝ったんやったか」
鼻の頭に絆創膏を貼った少年、ガオルがメモ帳を取り出しぺらりと捲る。
そこに箇条書きされた記事を確認し、墓地へと向かった生徒の心中を察した。
「ちょっと、余所見してないでさっさと歩く! 大釜先生に言いつけるわよ!」
「わぁっとるわい! かぁ~、なんでワイらまで反省せなあかんねん……」
「にしし、慣れれば結構楽しいぜ? オレなんてしょっちゅう怒られてるし!」
「その度にお目付け役として駆り出される私の身にもなりなさよ、おバカ!!」
「あんなぁ、夫婦漫才は他所でやりぃや……」
脚を止めたガオルを小突く口煩い委員長のヤガミン。
そして、彼女の後ろでチョロチョロと動き回って落ち着きのないター坊の二人が続く。
ガオル、ヤガミン、ター坊の3人から少し離れた後方では、さらに二人が言葉を交わしていた。
「ゴメンねクラヤミさん。 ボクの用事へ付き合ったばかりに、まとめて罰則受けちゃって」
「いえ……それを言うなら、私が好奇心でテルテル坊主に捕まったのが悪いですから。 むしろ、ゲットさんには助けていただいて感謝してます」
「もう首の痣は引いたのかい? かなり痛かったよね」
「えぇ、ご心配なく。 私、体力は無いですが、傷は寝てればすぐ治るので……」
そう言い返し、クラヤミは髪を掻き上げて色白い首筋を見せる。
相変わらずロウソクと見間違うほど血の気の無い真っ白だが、その無地のキャンバスに小さな虫刺されかあるいはニキビのような赤い点が二つ並んでいた。
「へぇ……まぁ、女の子に傷が残らなくて良かったよ」
ゲットはそれが目に付いたものの、女子に面と向かって言うのはデリカシーが無いだろうと口を噤み、見なかったことにして話題を変える。
「それよりさ。 ボクらは体育館の件で怒られたんだけど、ター坊達はどうしたのさ?」
「『達』じゃなくて、ター坊ね! 私を一緒にしないで、あくまでお目付け役だから!」
先日の『青天井』の事件で職員室に連行された3人組。
それとは別グループのター坊とヤガミンをまとめたのだが、すかさず彼女が噛み付き訂正する。
「へへ、知りたいかゲット! 今日のオレはさ、なんと連続スカート捲り10人斬りを達成したんだぜ! オカマ先生もスッゲー脚速ぇけどさ、大根喰ったオレには追い付けないってわけ!」
「ほぉ~目出度いやんけター坊。 でもま、そいつを記事にするんは、反発が多くて惜しいわなぁ」
「キミ達、女子がいる前でよくそんなこと大声で口に出来るね……ボクにはとても無理だ……」
論理感がかなりズレている男子二人に引きつつ、ゲットは苦笑いで場を濁す。
他愛ない談笑をしていると、一団はやたらと装飾の多い廊下へ辿り着く。
そして先導していたヤガミンが振り返り、念を押すように指を立てて口を開いた。
「それじゃ、アンタ達! 今日はこの迎賓室の掃除してもらうから。 私がちゃんと見張ってるから、サボったりしたら許さないわよ!」
続きます。




