アオテンジョウ・終
久々に登場するオカマ先生。
見た目の確認は登場人物の項にありますので、気になりましたらどうぞ。
自分は助かるのだと確信すると、安堵感が彼を飲み込んで、しばしの浅い夢を見せた。
それは赤ん坊の頃、高い高いとあやされていたような心地良い浮遊感。
胸元で服を持ち上げる光を覗き込んでいると、そんな昔懐かしい気持ちが呼び起これるのである。
この不思議な光には散々苦労させられたはずなのだが、こうしていると、彼はなぜだか憎めないでいた。
「これって、あの綿埃だよね……? そっか、まだ服の中に残ってたんだ……でもどうしてだろう、なんだかずっと昔からキミを知っていたような……?」
そう呟いて、パーカーを灯すフユウサギを両手でそっと包み込んで抱きしめる。
すると、しっかりと天日干しされた布団のような、お日様の匂いがゲットの鼻腔をくすぐった。
まどろんで重い瞼を開くと、ゲットの視界の端には既に学校の頭が見えており、地上が近いのだと知らせてくれる。
おまけに、背中の方から届く友人達の声も、肌に感じる程に近くなっていた。
「生きとるんか、ゲット!? 返事せい!! えぇい、遅いでクラヤミ!!」
「はぁ、ふぅ……先生、呼んで来ましたよガオルさん。 あ、ほら……いらっしゃいました」
「ボクなら、生きてるよ……ちょっと待って……今、先生を呼んだって……!?」
自分の生存報告をしようと声を上げたゲットだが、途中で不穏な単語が耳に入り、安らかだった彼の表情が急に強張る。
そして彼の予想通り、ドスンドスンと地を鳴らす足音が厭でも聞こえて来た。
「ゲットちゃぁぁぁん!! とぅッ!!」
「こ、この野太い声は……オカマ先生……!?」
彼の名を呼ぶ声の主がクラス担任の大釜先生であると認識したと同時に、ゲットの背中が力強く持ち上げていく。
背中に感じるのは、丸太のような太い二本の腕。
まだ地上には距離があるはずだが、ここまで跳躍したというのだろうか。
先生に抱き留められる際の衝撃で、グンと跳ねた身体に意識を持っていかれそうになったが、なんとか持ちこたえる。
その辛うじて残った意識を目の前へ向けると、そこには日に焼けたチョコ肌にボブカットの髪で輪郭を隠した逞しい男性の顔があった。
「うわぁぁぁぁ!!」
あまりのインパクトの強さに、ゲットは思わず叫び声を上げてしまう。
そんな取り乱したゲットを見て、オカマ先生は更にギュッと身体を抱き寄せ固定する。
生徒を安心させるためなのか、イヤな顔もせず微笑みも崩さない。
そしてゲットの声が途切れる前に再び身体がガクンと揺れ、彼を抱えたオカマ先生が着地した。
「よいしょっと、ンもう失礼ね。 先生の顔を忘れちゃったのかしら?」
「ちゃうて先生。 あんたの顔をドアップで見たら、誰だってそうなるわ」
「はわぁ~スゴイですねぇ。 今、先生が3mくらい跳び上がってましたよ? 怪異も憑いてないというのに……興味深い身体能力です」
「カイイ? なんのことか分からないけど、先生の見てない所で危ないことしちゃダメヨ? とくにゲットちゃん! 高い所から飛び降りるなんてダメでしょ!」
色んな事がワッと浴びせるように起きたのでフリーズしていたゲットだが、オカマ先生がコツンと形だけのゲンコツを喰らわすと、ハッと自我を取り戻す。
気が付けば筋骨隆々の大男の胸の中でお姫様のように抱かれ、そんな痴態を友人たちにガン見されていたのだ。
そんな自分の状況を理解すると、顔を赤らめながら慌てて降りる。
ゲットの格好付けたがる気質は相変わらずらしい。
「わ、わわわ!? これは違くて……えっと、なんて説明すれば……そうだ! ねぇキミ達、どうやって外に出たんだい!? 出口は無かったはずなのに……!!」
オカマ先生への返答は一先ず置いておき、体育館に取り残されていたはずの二人へ話題を逸らす。
なにしろ、体育館の出口が消えていたのは、ガオルだって見ていたはずなのだ。
「あぁ……それなんやがなぁ……ほれ、クラヤミ」
ところが、そのガオルの方はイマイチよく分からないとばかりに鼻を擦って誤魔化し、隣にいるクラヤミを肘で小突く。
「はぁ、それがですね。 あの体育館は私達の知る体育館とはちょっと違う場所だったんです。 あそこは怪異達の棲み処、迷い家……もとい迷い学校で、通常では脱出できない結界のようなモノなんですよ」
「よく分からないけど、あの怪物が作った偽の体育館だったってこと……?」
「まぁ、だいたいそんな感じです。 ですが、その結界もこのカゲンブさんが解いてくれましたので」
「それって、クラヤミさんのカメラ……?」
「信じられんかもしれんけど、ワイもこの眼で見たから本当やで。 まさか、玩具かと思ってたコイツもバケモンとはなぁ」
クラヤミが手にした黒いピラミッド型のカメラ。
今はもう四つ脚を畳み込んで、独りでに動き回る気配もない。
だが、いつの間に印刷したのか、カメラと一緒に写真が二枚握られていた。
「それに、この子は封印を解く他にも力がありまして……コチラを見てください」
彼女の持っていた写真の一枚、それを皆に見せるように差し出す。
そこに写されているのは、あの体育館の屋上で嗤う巨大な口。
「そっか、やっぱりコイツも夢じゃなかったんだね……」
「ンまぁ!? なによコレ!? 最近の合成写真はよく出来てるのネ~」
「話がややこしなるんで、先生は少し黙っててくれへんか……」
まるで話の流れを理解していないオカマ先生をガオルが抑えると、クラヤミが話を続ける。
「この即席写真のココ、縁の所なんですが……」
「文字だ、『青天井』って書いてあるけど……?」
「それがあの怪異の名前なんです。 この子で撮ると、こうやって名前が分かるんですよ」
「不思議なモンやけど、まぁ名前があるんは便利やな。 名無しの権兵衛じゃ記事が薄っぺらくなってまうし」
「アオテンジョウ……ヤバい奴だったけど、でもアイツはもう消えたんだ。 空で消え去るのをボクはこの眼で見たよ」
写真から目を離すと、上空を見上げて雲一つない青空を睨む。
あの空中にポッカリと開いた穴は跡形もなく、自分が放り出されたことなどウソのよう。
「消えた……本当に、そうでしょうか……」
「え?」
「ゲットさんは『口が閉じた』のを見ただけですよね? もしかしたら、他のどこかで、また口を開けているかもしれませんよ?」
「そらええわ! ゲットのこと根に持って、そのうちまた来るんなら、それもワイらが記事にしたるで」
「ちょ、ちょっと! 驚かさないでよ!!」
最初こそ蒼白な表情を浮かべるゲットだが、すぐに二人の冗談だと気が付き顔をほころばせる。
そして3人が顔を寄せ合うと、誰かが噴き出したのに釣られ皆笑いだした。
「そういえば、コイツはなんでボクに憑りついたんだろう?」
お腹を抱えて笑う拍子に飛び出したフユウサギ。
それを指の先にくっ付けてまじまじと眺めた。
「恐らくですが、その子は体育館の縄張り争いに負けて、ゲットさんに助けを求めたのかもしれないですね」
「ゲット、お前あれやろ、ダンクシュートでピョコピョコ跳んでるから気に入られたんちゃうか?」
「えぇ……プレーに魅了されるのは女の子達だけで十分だよぉ……」
和気あいあいと談笑し、小さな青春を謳歌する少年少女。
その背後から、クマのようなドス黒いシルエットがヌッと迫る。
「先生、もう喋ってもいいのかしらン?」
「お、すまんな先生。 もうええ、で……ぬぉッ!?」
ガオルが答えようという途中、目の前の二人の顔から笑顔が消えていることに気が付く。
そして、恐る恐ると振り返ると、あの仏とも言われるオカマ先生が鬼の形相を浮かべていたのだ。
「先生ね、若い子のゲーム?の話とか全然分からないから、それはいいの。 でもね……危ないことする子供たちは見過ごせないのヨ!! お説教するからコッチ来なさい!!」
そう叫ぶと、逃げ出そうとするガオルとゲットの襟首を鷲掴む。
そして顎をクイと動かし、クラヤミにも着いて来るよう暗黙の指示を出して職員室へと連行していく。
「先生、堪忍や! ワイらは好きで危ない事したわけや無いっちゅうに!!」
「ボクらは巻き込まれただけなんだよ、オカマ先生!」
「諦めましょう、二人とも……もう聞く耳持たないようです……」
廊下の奥へと消えていく人影。
そんな彼らを見送るように、ぽわんとホタルのように灯る綿埃が飛んでいくのであった。
この日以降、伊勢海小学校では『テルテル坊主』には近付くなという噂が広まったという。
これで、今回の怪談はお終いです。
付着するとまるで無重力になってしまう不思議な綿埃の『フユウサギ』。
そして、場違いなところに吊り下がって、キミ達へ声を掛けて来るテルテル坊主。
もしも興味を持って近付けば、一気に釣られて、天井で嗤う『アオテンジョウ』がペロリと飲み込んでしまうでしょう。
皆さんは不思議なモノが目の前にあったら、触れてみたいですか?
次回のお話も楽しみにお待ちください。
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