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アオテンジョウ・その6

 激しく跳び回り、火照(ほて)ったゲットの(ほほ)を優しく()でる風。

 それがあの天井(てんじょう)の大口へと向かっていることにすぐ気が付いた。


 次いで、シュゴゥと大きな掃除機(そうじき)のような音が耳へと届く。


「うわ、アイツ!! 最期(さいご)だからって汚い悪足掻(わるあが)きしてるのか!! ボクを道連れにする気だな!?」


 風を追って視線を配ると、今にも空へと消えそうな(くちびる)お化けが、目一杯に息を吸い込んでいたのである。


 ゲットの身体が引っ張られているのも、このせいなのだろう。

 まるで、気圧の違いで室内の空気が()れ出しているみたいに、勢い良く気流が移動しているのを肌に感じていた。


「ぐ、だ……ダメだ!! (つか)める物も、()られそうなモノも無い……」


 体育館を(つた)(はり)、それを越えてしまうと天井までは何も無い空間が広がっている。

 散々蹴散(けち)らしたテルテル坊主の(ひも)も既に飲まれており、あとはゲットを残すのみ。


 完全に孤立し打つ手を失った少年は、恐怖が完全に裏返り、かえって不思議なくらい冷静な思考を宿していた。

 そして、(いさぎよ)清々(すがすが)しい表情で(ふところ)(のぞ)き込む。


「ふぅ……しょうがないか。 キミ達、何度も助けてくれてありがとう」


 ゲットはパーカーの(えり)をグッと引っ張り、服の中に隠れていたダイコンランとフユウサギ達を見つめた。


 白い物同士で気が合うのか、あるいは天井の怪異が怖くて身を寄せ合っているのだろうか。

 ゲットから見れば仲良く大福(だいふく)のように丸く固まったそれらを微笑(ほほえ)ましく眺めると、そっと取り出す。


 大根を中心にしてモコモコのフユウサギ達がくっ付いた大きめの大福。

 それを思いっきり地上の方へと押しやった。


「せめて、キミ達だけでも助かってくれよ。 バイバイ……」


 バスケで鍛えたスローインの要領(ようりょう)で、風の引っ張る力よりも速くフユウサギ達が離れていく。

 それと同時に、ゲットを(おお)っていた(あわ)い光も、ふっと消えてしまった。


 これで彼らとの(つな)がりも途絶(とだ)えてしまったことになるだろう。


 だが言葉こそ通じなかったが、別れ際の瞬間、彼らがゲットを案じているような目をしていたように思われる。

 ただの気のせいかもしれないが、それでも餞別(せんべつ)としてありがたく受け取ることにして、彼は流れるままに身を任せた。


「さぁ、()け目を通るぞ……覚悟を決めるんだ足羽蹴兎(アスワゲット)!! 明日を掴みとる男だろ、ボクはさ!!」


 強がっているのか、自らを鼓舞(こぶ)しているのか、自分へ語り掛けて身体を強張(こわば)らせる。


 増々強くなっていく風切り音。

 グッと目を瞑り、音だけが支配する世界のまま、天井の大空へと放り出されてしまう。


 しばらくの静寂、キーンとした無音の耳鳴りが響くと、次の瞬間に身体が地上へ引っ張られる強い力を感じる。


 ゲットがゆっくりと目を開くと、一面が青空の世界が広がる。


「あっ……穴が……」


 その世界の切れ目であった場所は、()い付けるように締まって消えてしまった。

 あの天井の怪異もまた、同様に消失したのだろう。


「ひ、ひぇ……この腰の浮くような懐かしい感じ……」


 そして足元を見下ろすと、まるで衛星写真のように小さな小さな地上が見えていた。


「うわぁぁ!! 落ちてるぅぅ!? あんなに格好付けたけど、やっぱりダメかもぉぉ!!」


 思い返せば、午前中に見たボロボロのバスケットボールも上から降って来たのだから、天井を通ったゲットも落ちていくのが道理だろう。


 空気抵抗で彼の叫ぶ口の端がブワブワと暴れているが、そんなことも気に留めているほどの余裕はない。

 ひたすらに(かわ)く目を涙が覆っていきながら、スカイダイビングのようなポーズで少しでも風を受けて減速しようと手脚を広げるのに忙しいからだ。


 もっとも、彼の背にはパラシュートが足りないため、(すずめ)の涙程度の効果しか無いのであるが。


「あばばばっ!? ち、地上が!! 学校が(せま)って来る!!」


 実際はゲットの方が近寄っているのだが、徐々に大きくなっていく現実が、彼の心をへし折りにくる。


 もはや助かる見込みは無く、いっそのこと気を失ってしまえればどんなに楽だったことだろう。

 それでも諦められず、グルっと彼は身を(ひるがえ)して大空を(にら)んだ。


 何か打開策は無いか、あるいは自分と一緒に落ちて来た物は無いか。

 目を皿のようにして、青空のキャンパスに残された異物を探す。


「何か、何か無いの!? くぅ……!!」


 だが現実は無情。

 彼の期待するようなモノは見当たらず、ただ綺麗な白い雲がゲットを見下ろすばかり。


 フワフワとしたシルエットが、まるでさっき別れたフユウサギみたいだな、とゲットの心にポツンと浮かぶ。


 その瞬間、突然少年の着ていたパーカーの胸元が光だし、ポカポカと暖かさが彼を包み込んでいく。


「え、な、なんだ!? もう()りつかれていないはずなのに……!?」


 服が上空へと引かれ、背中が押し込まれるような感覚。

 気が付けばゲットの落ちる速度はみるみる減速しており、綿毛のようにふんわりと下降していた。


 さらに、地上から聞き慣れた声が彼を呼んでいる。


「ゲットー!!」


「ゲットさぁん!!」


「みんな……!? みんなの声がする!! 夢じゃ、ないんだよね!?」


 服が引っ張られているので地上を振り向けないが、間違いなく体育館にいたはずのガオルとクラヤミの叫び声。


 もう()れる程に流した涙のはずだったが、仲間の声を耳にすると、安心して再び彼の目を(うるお)していくのであった。

もう少しだけ続きます。

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