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アオテンジョウ・その5

 希望を抱き、ゲットが天井を見つめる。

 視線の先では、まるで穴の内側へと裏返るように、変色した(くちびる)が吸い込まれようとしていた。


 よほど大根走(ダイコンラン)の毒が効いているのだろう。

 あの理性を無くした貪欲(どんよく)な青空は、自分自身である怪異そのものを飲み込もうとしているらしい。


「ハハッ、いいぞ! アイツ、自分で自分の力を制御出来なくなったんだ! そのまま空に消えちゃえ!」


 半身となった大根と肩を並べ、グッと腕を上げてガッツポーズ。

 徐々(じょじょ)に薄くなっている唇に向かって、大根と一緒になって消えてしまえと(はやし)し立てていた。


 こうしていると、あれだけ強張(こわば)っていたゲットの顔も自然と破顔(はがん)し、久方(ひさかた)ぶりの笑みが浮かぶ。


 ところが、突然天井(てんじょう)の化け物の動きが止まり、まるで踏みとどまっているようにも見えた。

 その異変に気が付き、せっかく取り戻したゲットの笑顔が再び(くも)る。


「あれ、どうしたんだろう……大根が()りなかったのかな?」


 あと一息というところであるのに、そのもう一歩が押し込めない。

 足りないならばと、ゲットは手元に残っているダイコンランの上半身を見下ろす。


 しかし、当の半身の大根は、そんな訳ないとブンブン腕を振って否定していた。


「え、足りてるって……? そうかなぁ……うわッ!?」


 突然、見下ろしていた足場の(はり)が大きく揺れる。

 ガクンという衝撃でゲットの身体も浮きそうになるが、(あわ)てて近くの(ひも)(にぎ)って姿勢を保つ。


「あ、危ないなぁ……!! 危うくボクまで大根みたいに空中に(ただ)うところだったじゃないか」


 依然(いぜん)としてフユウサギに()りつかれたままのゲットは、油断すると無重力の世界へ放り出されてしまう。


 文字通りの命綱(いのちづな)となった紐へ感謝しようと目をやると、彼の心臓が飛び()ねた。


「はぁ……都合よく、こんなところに紐があって良かっ……これテルテル坊主のじゃない!? ひ、ひぃ!!」


 その正体が、あの天井の口から伸びた一部であると気が付くと、器用にスルスルと伝い、梁へと下りて距離を取る。

 握り締めていたダイコンランも、あの紐は苦手なのか匍匐後進(ほふくこうしん)でズリズリとゲットの(ふところ)へ逃げ込んでいた。


「お、おいおい! ボクを盾にするつもりなの!? 勘弁してよ……」


 逃げ腰で臆病(おくびょう)な者同士、考えることはすぐに分かるらしい。

 隠れたいのはこっちだよ、と愚痴(ぐち)(こぼ)しながらゲットは再度勇気を振り(しぼ)ってテルテル坊主を観察する。


「これ、そういえば……さっき梁ごとボクを食べようとした時のヤツか……」


 じっと(にら)み付けて警戒するが、一向にゲットらへ襲い掛かる気配は無い。

 むしろ、彼らに構っている場合では無いといった、必死さすら感じる。


「もしかして……」


 梁に絡まった結び目、そこから上へビィンと張り詰めた紐を目で辿(たど)る。

 当然、それは天井の口の中、青空の彼方へと消えていた。


 しかし、口の中をよく見てみれば、ここに繋がる紐の他にも何本か伸びているのが目に留まる。


「やっぱり! あのバケモノ、こうやってコッチの世界にしがみ付いてるんだ!」


 大根の主張の通り、毒性は既に十分量だったらしい。

 向こうもかなりギリギリの状態で踏みとどまっていたのだ。


「じゃぁ、もしも……もしも、このテルテル坊主を()がせたら……今度こそアイツは空に消えるってことか……だったら……!!」


 涙で曇っていたゲットの瞳に、(わず)かながらの火が(とも)る。

 その小さな決意を表すように、脱兎(だっと)(ごと)く逃げていた頃の彼の姿を塗り替え、真っ白だった髪の毛も茶色に戻っていく。


 意気消沈(いきしょうちん)して垂れ下がっていた前髪をバンダナでたくし上げると、バスケ部のエースとしてのゲットを完全に取り戻した。


「ター坊の大根、ボク達はこれからちょっと危ない賭けに出るけど、我慢してくれよ……!!」


 宙に放り出されないよう、必死にしがみ付いていた梁から手を放すと、ウサギのように力強く地を蹴って身体を跳ね上げる。


 彼の跳んだ先はテルテル坊主の紐。

 ゲットは空中でクルンと身体を反転させると、ギターの弦のように張り詰めたソレをバチンと踏み抜いた。


「まずは一本目!! うわっとと……」


 跳んだ勢いを殺しきれず、そのままクルクルと空中遊泳するゲット達。


 だが彼の耳へ、天井の口が(うめ)く苦しみの声が届き、しっかりとした手応えを残す。

 そして回転する視界の中、あの唇お化けはより一層に空へと飲み込まれていくのが一瞬だけ目に入るのであった。


「やった、イケる! イケるぞ! ようし、次はあっちの紐!!」


 なんとか漂着した体育館の壁を蹴飛ばすと、再び他の紐へと向かって跳び出す。

 そのまま、先程の要領で二本、三本とブチブチ音を上げて断ち切っていった。


「これで、最後だよ!!」


 天井の口を支える最後の支柱。

 それが空気を破裂させるような音と共に千切れ、青空の彼方(かなた)へと吸い込まれていく。


 だが、その紐を蹴った角度が悪かったのだろう。

 ゲットの身体もまた、天井の大穴へと流れていた。


「え、ちょ、ちょっと待って!! ウソうそ嘘!? ボクまで吸い込まれるの!? そ、そんなぁぁぁ!!!」

続きます。

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