表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/103

アオテンジョウ・その4

 四つ、八つと、ゲットを取り囲んでいくテルテル坊主の数は、視界を埋め尽くす勢いで加速度的に増えていく。


 それぞれがビンと張った(ひも)(ふる)わせ、不気味に共鳴しながら彼を追い詰めるように声を()びせかけていた。

 四方八方囲まれ、そんな言葉を立て続けに頭の中へ叩き込まれると、さしものゲットもぐわんと視界が揺れて目が(くら)む。


 まるでこの雑言(ぞうごん)で自分の脳を()きまわされているような気分であった。


 大人の言う二日酔いとはこんな感じなのだろうか。

 恐怖でおかしくなったのか、ふとそんな疑問まで込み上げて来る。


「見ぃつけた、見ぃつけた、見ぃつけた」


「う、ぷ……も、もう止めてくれ……」


 きっとそうやって、獲物を動けなくさせるのが狙いなのだろう。

 もっとも、頭の(はし)でそう理解しても、今の彼にはここから逃げ出す気力は削がれてどうにもならないのであるが。


「な、なんだ……幻覚まで見えて、来た……?」


 (かす)む視界の中、まんまるいテルテル坊主へ混じる白い異物。

 必死に手脚を振るい、それでも(むな)しく宙を回転する()()()()()の姿だ。


「え、ダイコン……? なんだ、夢か……そうだよね、こんなの全部夢なんだよね……ハハハ……」


 なんと出来の悪い夢だろうか。

 白昼夢(はくちゅうむ)とはいえ、こんな意味不明な(まぼろし)を見ることになるとは。


 彼がそう思った瞬間、バタバタと暴れていたダイコンの脚が、ゲットの鼻っ面(はなっつら)を引っ叩く。


「痛いッ! ウソだろ、これ現実!? 触れるじゃないか!!」


 赤くなった鼻を守るように、反射的に飛び出た両手が、ガッシリとそのダイコンを鷲掴(わしづか)んでいる。


 触り心地は間違いなく普通の大根。

 ただ違うのは、手脚と妙な(ひげ)があること、そして、全体が()()()()()いることだ。


「この光……あ、コイツにも綿埃(わたぼこり)が付いてる!!」


 目を()らして観察すると、ゲットに()りついたフユウサギが、この大根の怪異にも憑りついていた。


 それに気が付いた瞬間、ゲットは再び記憶が呼び起こされる。

 午前中、ター坊があの時にカバンから見せようとしていたモノ、それはネコではなくこの大根走(ダイコンラン)だったのだろうと。


 大脱走(だいだっそう)したと聞いていたが、実際は地上ではなく空中に(とら)われていたらしい。

 道理で見つからないわけである。


「そうか、お前がター坊の言ってた……こんなところで(ただよ)っていたんだね」


 ポツリとター坊の名前を口にした途端、ダイコンランはピタリと抵抗を止めてゲットを見上げる。

 その反応が、彼の言葉を肯定(こうてい)していた。


 いくら脚があっても、地に脚着かなければどうにもならず、この怪異も困っていたのだろう。

 主人の知人の手に渡り、どうやら気を許したらしい。


「そういえば……ター坊のやつ、コレを食べたら大変なことになるって何度も言っていたような……? いや、冷静に考えて手脚の生えた大根なんて食べないだろ……」


 小さな友人の言葉を思い出し、苦笑いを浮かべるゲット。

 その反応が不服だったのか、ダイコンランは自身の白い身体を指差し、半分に折るようジェスチャーを(うった)えて来る。


「は? え、いいから食べてみろってこと……? いや、ちょっとそれは……」


 (しゃべ)ることの無い怪異とそうやってコミュニケーションを取っていると、()り減った彼の心がいくらか回復する。

 グチャグチャになっていた思考も整い、随分(ずいぶん)と冷静さを取り戻せただろうか。


 しかしそんな彼に、またも苦難が(おとず)れる。

 突然、掴まっていた(はり)がガクンと揺れたのだ。


「わ、なんだ!?」


 どうせテルテル坊主は言葉を浴びせるだけで襲ってはこないと油断していたゲット。

 ところが異変のあった梁をザっと見ていくと、そのテルテル坊主が梁に巻き付いているのが目に入る。


「ま、まさか……この梁ごとボクを飲み込みつもりなのか!?」


 その不安の声が予言のようにピタリと当たり、ギリギリと鉄のひしゃげる耳障りな音が足元から響いていた。

 始めから、この体育館に安全な場所などなかったのである。


「まままま、マズイよ!! どうしよう……!! このままじゃボク、喰われるのッ!?」


 揺れる足場と共にガチガチと歯が鳴り共鳴する。

 梁を引っ張るテルテル坊主のせいなのか、あるいは自分の臆病風(おくびょうかぜ)がそうさせているのか、ブルブルと両手まで震えていた。


 だが、その手に感じる堅い感触が、彼の思考へ鋭い電気のように(はし)る。


「喰われる……そうだ! むしろ食わせればいいんじゃないか!?」


 手に納まるヘンテコな大根。

 食べたらどうなるかまでは聞いていないが、恐らくろくでもないことになるのだけは間違いない。


「ゴメン、やっぱり半分もらうね!」


 ならばと、ダイコンランに謝りつつ、その半身をボキリとへし折って(にぎ)りしめる。


 少し心配であったが、ダイコンランは上半身だけでも元気に動けるらしい。

 無事を確認すると、遠慮なく脚の方を天井の大きな口へ目掛けて放り投げた。 


「ええい、そんなに喰いたけりゃ、これでも喰らえ!!」


 青空の向こうへ消えていく大根の欠片。

 やがてそれが見えなくなると、天井の怪異は(くちびる)を紫色に変色させて(もだ)え始める。


 それに伴い、ゲットを取り囲んでいたテルテル坊主達もヒュンヒュンと音を立てて次々に引っ込んでいった。


「や、やったか……!?」

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ