アオテンジョウ・その2(挿絵)
改めて彼女の様子を見ると、先程まで頭をスッポリと包み込んでいたテルテル坊主が外れていた。
微かに胸が上下し、静かな吐息が漏れることからも最悪の事態は回避できたのだと安堵する。
「気を失ってる……いや、ともかく無事で良かった……あれ?」
だが、気が付いたのはそれだけではなかった。
彼女もまた、ゲットと同じようにほんのりと光を帯びていたのである。
「この光って……もしかしてキミ達が手助けしてくれた……のかい?」
そう呟いて、ゲットは自身の身体に付着している綿埃の「浮遊兎」達を見下ろした。
いくらなんでも、ゲットがぶつかったくらいで人間一人分の体重を浮かせられるはずもない。
今更思い返せば、この不思議な無重力の力があってこそ起きた奇跡なのだろう。
そう考えると、あれほど怖がっていた怪異といえど、だんだんと可愛く思えて来る。
兎に似たフワフワの生き物であり、女子に見せれば人気も出そうだ。
「ありがとう、でいいのかな。 おかげで友達が助かったよ」
言葉が通じないと分かりつつも、お礼の言葉と共にそっと撫でてやる。
相変わらず「プイ」としか返事が返って来ないので真意は不明だが、敵意は始めからなかったのだろう。
「どうやら、危ない奴じゃなさそうだけど……それにしても、なんでボクにばかり付きまとうんだろう」
一向にゲットの衣服へベッタリと張り付き身を寄せ合うフユウサギ。
どうしたものかと頭を抱えていると、倒れていたクラヤミが艶めかしいうめき声を上げて目を開いた。
「あん、うぅん……あら? 私はいったい……?」
「クラヤミさん! 良かった! 気が付いたんだね!!」
「ゲットさん……? あぁ、そういえば私達、ボールを取りに……それから……」
「話は後にしよう。 まずはここから降りないと」
クラヤミは意識を失っていたためか、混濁した記憶を紡ぎ直そうとブツブツ自分の世界へ入っていく。
しかし、そんな悠長なことをしている場合ではないと、冷静に状況を指し示す。
ゲットの指先は遥か下にまで続く穴、もとい梁の下。
子供からすれば目が霞むくらいの高さであり、立ち眩みで倒れないようにクラヤミの腕を支えてやった。
「ここ? まぁ! 高いですねぇ! おや、なんだか私達の身体、光ってませんか?」
「え、あぁ……それはコイツ等のせいっていうか……」
「あらあらあら! こちらってもしかして先程ゲットさんを追いかけていた!? 写真、写真を一枚撮らせてください!!」
「あ、思い出して来たんだね……ははは……」
オカルト絡みになると急にテンションが上がるクラヤミに若干引きつつ、ゲットは再び下を見下ろした。
「えっと、クラヤミさんのカメラなら、さっき下に落ちてたよ。 あの黒いのでしょ?」
「まぁ、カゲンブさんったら、あんなところに……」
「そういうわけでさ。 とりあえず、ここから降りよう。 えっと、信じられないかもしれないんだけど、コイツ等の力で安全に降りられるはずだよ」
まるで絵空事のような話を言い聞かせるために、ゲットはなるべく落ち着いたトーンでゆっくりと噛み砕いて説明する。
まさか信じてくれるとは思わないが、それでも信じさせるしかないのだ。
ところが、彼の予想に反して、クラヤミは異常なくらい飲み込みが早く状況を理解を示し行動に移す。
「なるほど、こういうことですか? えいっ」
「ちょ!? クラヤミさん!? うわぁ……勇気あるなぁ……まぁレディファーストってことで」
危機意識というものが欠落してるのではないかと疑うほどに、躊躇なく飛び降りたクラヤミ。
その蛮勇としか言えない行動にドン引きしながら、地上でガオルに受け止められた彼女の姿を確認する。
彼女にも付着したフユウサギのおかげで、重力で落下の勢いが増すことなくふんわりと降りていた。
「なるほど、あんまり強く地を蹴らなければいいんだね。 よし、ボクも続こう」
宇宙遊泳のような感覚で、初速がそのまま維持される浮遊感。
彼女の動きを手本に、ゲットも梁に脚を掛けて頭を下げた。
その時、彼の首筋にナニカか伝う。
「ひゃっ!? なんだ……? 生温い、雨? いやでも、ここって屋内……」
驚いて首元を触り、そのナニカを指で拭って目の前にかざす。
それは無色透明、しかしネットリとした粘性を持ち、にわかに泡立つ謎の液体。
ただの水ではないことは、明らかだろう。
かざした手を見つめていると、丁度眼下にいたガオルとクラヤミも目の端に映った。
彼らはしきりにコチラを指差し、何か大声で叫んでいる。
「え、なに? ボク……いや、これはもっと後ろの……まさか……」
嫌な予感が彼の心を満たし、不安で涙が溢れて来る。
彼は白くなった髪の毛を逆立て、ビクビクと後ろの天井を振り返ると、そこには不思議なくらい青い空が広がっていた。
「空……体育館に……? ち、違う!! これって!!!」
天井に開いた穴、その縁取りをよく見てみると、白い歯が並び、さらに外側には嘲笑うようにひん曲げた厚ぼったい唇。
喉奥の快晴からは、にわか雨のように滴り落ちるヨダレがぴちゃりと音を立てていたのだ。
「巨大な口!? ば、バケモノだぁぁ!!!!!」




