アオテンジョウ・その1(挿絵)
車椅子を押すようにして、カゴに掴まったゲットを移動させると、他のカゴに隣接させて停める。
そうして、人の気配がないか周囲を見渡し、とあることに気が付いた。
「あん……? なんか変やな」
ガオルの鼻の頭に貼ったテープがヒクヒクと動き、警戒するように彼は腰を落とす。
その大袈裟なくらいのリアクションに、ゲットは不思議そうに声を掛けた。
「どうしたのさ、ガオル?」
「あぁ、いやな……この辺、さっきと何か違うてへんか? なんちゅうか、こう……物足りないって感じなんやけど」
「さぁ……あぁ待って、そういえばボクが天井から落とした白いの。 きっとアレが見当たらないんだよ」
「それや! あの薄気味悪いテルテル坊主、クラヤミがご執心やったからな」
「そうは言ってもさガオル、あんなの学校の催し用だろうし、今はどうでもいいんじゃない……?」
そんなことよりもこの状況をどうにかしてくれとばかりに、ゲットが困ったように眉を曲げる。
楽観的というわけではないが、余程自分の方が緊急事態なのだという態度。
「どうでもあるねん! 今のゲットをよう撮っておかんと勿体ないやろ! アレの近くにクラヤミがおるはずなんや、ちょい待っとき」
「いやいやいや! 待ってよ!? こんな格好悪いところ撮るの!? 人の心とか無いわけ!?」
「ガハハ! せや、ワイの心には代わりに悪魔がおるで。 ジャーナリズムは冷酷なんや」
「勘弁してくれよぉ……」
ところが、ガオルは彼の泣き言に耳も貸さず、自慢の鼻を犬のようにフンフン鳴らす。
その鼻腔にナニカを感じ取ったのか、目をカッと見開いて一点を見つめた。
目線の先にあったのは、クラヤミが握っていたはずのオバケカメラ。
なぜかポツンと、カメのような四つ脚を生やして右往左往とのったり彷徨っていた。
「おぉ、おったわ! ちゅうても、クラヤミのカメラ……カメ?の玩具だけやな。 おうカメ公、お前の御主人様どこおんねん」
「玩具が答えるのかい?」
「ワイかて知らんわ。 せやけど聞くだけならタダやで、やるだけ損無しなら聞くやろ」
ネコの顎でも撫でるように、地を這うカメラをコチョコチョくすぐる。
それで気を良くしたのか、喉こそ鳴らさないが嬉しそうにレンズのカバーを半目に閉じていた。
ガオルの指が離れると、物足りなそうに指をレンズで追っていたが、しばらくしてピョンと垂直跳びを始める。
それはまるで、自分のピラミッド型の甲羅を矢印に見立てて、指し示しているようであった。
「なんや、そない嬉しかったんか……いやちゃうな、上になんかあるんか?」
オバケカメラのカゲンブの跳躍に合わせて頭を上げていくと、天井の梁に異様なモノが吊られていた。
「なんや……あれ……」
一目見た時は、見失ったと思っていたテルテル坊主。
しかし、記憶の中のソレとは大きく異なる部分が一つ。
白い頭の下に、本来ならばあるはずの無い、人間の脚がぶら下がっていたのである。
「お、オイオイオイ!! ゲット!! あれクラヤミや!!」
「え、はぁ? なに、どうしたの?」
「ええから、上見い! あっこやあっこ!!」
「上……うわぁぁぁ!? く、首吊り!? まさか自殺したの!?」
「アホ抜かせ! まだ動いとるやろ、生きてるっちゅうねん!! クソッ、しゃぁけど、ここからじゃ手も脚も出ぇへん!!」
ガオルの言葉通り、頭上で吊るされたクラヤミの脚は苦しそうにもがいており、辛うじてまだ息があると確認できる。
しかし、首を掻くようにテルテル坊主の首紐を解こうとしているが外せる気配は無く、このままでは窒息するまで間もないだろう。
彼女の身体を支えるものは首の一点。
子供にしては身体の大きいクラヤミなどは、特に自重で力が掛かっているはずなのだから。
「だぁもう!! あの紐、どこに繋がっとんねん! すぐにでも降ろさんとマジで死んでまうぞ!!」
「そんなこと言われても……アレ、天井に繋がってるじゃないか! どうやったか知らないけど、無理だって!!」
通常ならば梁に括るはずの紐は、なぜか天井から生えるように垂れ下がっている。
まるで建設当初から備えられていたような、増設の跡も見られない不思議な光景。
緊急事態で違和感を感じている暇も無いが、ともかく紐を解くことは望めそうにもなさそうである。
「無理も道理も捨ててまえ! 泣き言ほざくなら手を動かせっちゅうに……それやん! ゲット、お前なら届くやろ!」
「ボク!?」
「自分、今はピーターパンやんけ! 行って来いや主人公!!」
「ちょちょちょ、待って! まだ心の準備が……ひぃぇぇ!!」
浮かび上がらないようにしがみ付いていたゲットをカゴから引っぺがすと、フワフワと質量を感じない彼を身体を乱暴に投げつける。
ここに来た時は天井へボールを投げる側だったゲット。
しかし、逆に今は天井へ向けてボールとして投げられていた。
「おわぁぁぁ!!! なんで回転をかけるんだよ、ガオルのバカ!! 天地が引っ繰り返って何にも見えないってぇ!!」
ゲットの視界はグルグルと目まぐるしく世界が変わり、何かを掴もうにも前後不覚でどうにもならない。
これでは救助どころではないだろう。
そもそも丸い形であればいざ知らず、人の形を真っ直ぐ飛ばすのは至難の業。
当然のことながら滅茶苦茶な軌道を描きつつ、狙いが逸れてゲットは隣の梁の腰を打ち付けてから跳ね返っていく。
そんな紆余曲折を得て、ようやく狙い通りのクラヤミの身体へ飛び込んだ。
「痛ッ!? わぶッ!!」
白い布を頭から被ったクラヤミの懐、その特に柔らかい胸元がエアバックのようにゲットを包み、それでも殺しきれない勢いが彼女ごと後方へと押し上げていく。
振り子のように弧を描くそれは、奇跡のような流れで梁の上へと二人を上げた。
「うぐ……痛てて……ハッ!? ごごご、ゴメン! クラヤミさん!!」
梁の上で彼女を押し倒す形で覆いかぶさっていたゲットが、顔を真っ赤に染めながら大急ぎで身体を起こす。




