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テケテケ・その1

 電気も点けず、カーテンも閉め切った薄暗い新聞部の部室。

 廊下の窓から一見すると、誰もいない不在なのかと通り過ぎてしまうだろう。


「匂う、匂うでぇ……陰気臭くじっとりした空気、ここには何かがおる」


 しかし、虎柄ジャケットを羽織った少年は、ツカツカと部室棟の廊下を真っ直ぐ進み、迷うことなくその戸を引く。

 直後、少年の目に映り込んだのは、暗闇の中に浮かぶ火の玉のように真っ赤な目玉が一つ。


「お、やっぱりここにおったんかいなクラヤミ。 相変わらず明かりも無しに、目ぇ悪くすんで」


「その、おはようございますガオルさん。 私、どうも暗い方が落ち着くもので……」


 パチリと出入り口の側にあるスイッチを切り替えると、眩しそうに目をパチクリと瞬かせる少女が現れた。

 長い黒髪で顔が半分隠れているが、その目元には夕焼けよりも赤い瞳が(うる)む。


 このクラヤミと呼ばれた色白で華奢な体躯の少女は、突然の来訪者に挨拶しながらソワソワと腰を上げた。

 すると、虎柄ジャケットのガオルの目線はグイグイ上へと上がっていく。


 なにせクラヤミの背丈が大人程もあるものだから、立ち上がり切ることにはガオルを見下ろす形になっていたのだ。

 おまけに彼女は何やら緊張しているのか、ピシリと背筋を伸ばし、いつにも増して余計大きく見えてしまう。


「『おはよう』やないで、なに寝ぼけたこと抜かしとんのや、今はもう昼休みやっちゅうねん! それより伊勢海(いせかい)通信の反響見たか? えっらい騒ぎやったでぇ!」


「あの……もしかして皆、あの記事のことバカにしてました?」


「ちゃうちゃう、その逆や! あれ見た奴ら全員、そりゃもう目ん玉ひん剥いて盛り上がっとったわ! やっぱあれやな、写真付けたんがデカイんやろなぁ」


「まぁ……!! あぁ、それは、本当に良かったです……!!」


 心配そうにしていたクラヤミだったが、自分の書いた記事が好評だったと耳にした途端、強張(こわば)っていた肩を撫で下ろし猫背になっていた。

 それが普段通りの彼女の姿勢なのだろう、自分が周りよりも背が高いためか、目線を合わせるために頭を下げるのが癖になっているらしい。


 また、話に出ていた『伊勢海通信』とは、クラヤミとガオルが担当する学校新聞のことである。

 新聞部には学年ごとにチームがあり、同じ5年生同士の二人は手を組み分担して記事を書いたのだ。


 そこで今回話題となっていたのが、クラヤミが書いた『噂の真相』と題した新聞記事。

 チェキに現れた名前から拝借して『逢魔時計(オウマガドケイ)』と命名し、子供たちが噂していた正体について語ったものだ。


「物知りなヤツが言っとったでぇ、あのインスタント写真は今時珍しく画像加工が出来ないらしいやんか。 それ聞いた途端、集まってた連中が一気に信じ込んでな、そりゃもうお祭り騒ぎっちゅうわけや。 なぁここだけの話、アレいったいどんな手品使ったんや?」


「いえ、本当に見たものを撮っただけでして……」


「ガハハ! ワイらチームやん、そない隠さんでええて。 別にバラさへんから」


 ガオルは、記事に使用したクラヤミの写真がフェイクなのだろうと思っているらしく、これっぽっちも悪気なく事情を聴いてくる。

 クラヤミとしても、自分の目で見るまではとても信じられる内容ではないと承知であるため、困ったように笑って返すしかなかった。


 そうしていると、廊下の方からバタバタと落ち着きのない足音が近づいてくる。

 すぐにこの新聞部へ辿り着いたようで、出入り口にいたガオルの脇腹を押しのけ、小柄な少年が頭を覗かせた。


「なぁなぁ! アレ書いたのクラヤミだろ! 逢魔時計(オウマガドケイ)! あれ本当かよ!?」


「ちょわっ!? 人のことを暖簾(のれん)か何かと勘違いしとるんかター(ぼう)! 満員電車ちゃうんやから押すなや!」


「ちっせーこと言うなって! それより噂の真相! 昼休み終わっちまうよ、なぁなぁ!」


「んがぁ!! チビは自分やろがい!!」


「あの、お二人共、落ち着いて……」


 嵐のようにやって来た少年により、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうになったので、クラヤミは慌てて仲裁に入る。


 ガオルがカッとなりやすい気性なのもあって肝を冷やしたが、ター坊と呼ばれた少年の方はまったく気にも留めていない様子。

 そのおかげで、(いさか)いへと発展する前に場は収まった。


 この日に焼けて健康的な肌を持ち、身の丈に合わないダボダボの服を着た少年は田母神隼太(タボガミ ハヤタ)、通称ター(ぼう)

 小さい身体に納まりきらない元気と、ターボエンジンのような脚の速さが自慢で、クラヤミ達のクラスメイトでもある。


「ふぅ……それであの記事のことですが、全部本当ですよター坊さん。 あの場にいたのは私一人でしたが、このカメラさんが証人です」


「へぇ~! そんじゃぁさ、やっぱりオレ達の世界に色んなヤツが来てんのかな!? 最後の所に書いてあったろ、わんさか(あふ)れて来たってさ!」


「はぁ、まぁ、途中で消えてしまったので確証はないですけど、おそらくは……」


「うぉ~マジか! よっしゃぁ!! ならオレが最初に見つけて来るぜ! 待ってろバケモノども!! ニシシシシ……」


 それだけ聞くと、ター坊はニタリと満面の笑みを浮かべて、夢心地に身体を揺らす。

 さらにそれでは足らないようで、喜びを全身で表現するように、あっちこっち跳ね回って部室を飛び出していった。


 現れるのが突然ならば、去っていくのも嵐のような騒がしい少年だ。

 ガオルの脇を再びすり抜け、一瞬で姿が見えなくなってしまう。


「あだッ!? おい、ぶつかったで! ちゃんと謝ってけや!!」


「行ってしまいましたね……何だったんでしょう?」


「分からへんわ、まったく。 あとで慰謝料でも請求したろかいな、あの暴走特急。 しっかし、同い年とは思えんほどピュアやなぁアイツ、バケモノ探すちゅうとったで」


 遠のいていく足音、その残響が妙に耳へ残り、クラヤミはゆっくりと目を閉じる。

 これほど耳に残るのは、きっとター坊の言葉がクラヤミの心を震わせたからに違いない。


 そうして、目の前のガオルには聞こえないくらい小さな声で、クラヤミはそっと胸の内を呟いた。


「ター坊さんは、信じてくれるんですね……」


 この学校に異世界からの来訪者がいることを。

 昨夜の事件以来で初めての理解者が居てくれたこと、それがよほど心強かったからか、クラヤミは手にしていた黒いカメラをギュッと抱きしめるのであった。

続きます。

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