表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/103

フユウサギ・その5

 高く高く、月まで届くような回転球。

 しかし、天に唾吐(つばは)くように、それは(むな)しくゲットの元へと帰ってきた。


 そのボールが地を叩くよりも先に身体を動かしたゲットは、着地点で上手にキャッチしてみせる。


「おっと、こんなもんかな。 よし、コツは(つか)んできたし次は任せてよ」


「へっへっへ、ワイはそのままでもええんやで? その方が球拾(たまひろ)いせんで済むんでなぁ」


「ふぅん、それはどうかな? 宣言通りに当てれば、キミらの仕事も一回で済むんじゃない?」


「おっしゃる通りで! 期待しとるでエース!」


「そうこなくっちゃ。 それっ!」


 横から茶々(ちゃちゃ)を入れるガオルと軽口を()わしながら、ゲットは月面帰りのボールを何度かドリブルして手に馴染(なじ)ませる。


 気合いを入れるためか、あるいは彼なりのジンクスなのか、バンダナを直して(くちびる)()めると、ゆっくりと天井の(はり)に狙いを定めていく。

 そして、以前よりも調整を()()まされた第二投目が放たれた。


 美しく洗練(せんれん)された投球フォーム、さらに差し込む昼の陽光が彼を照らし、舞い散るホコリがキラキラと少年を(かざ)り付けて芸術に仕立て上げている。


「おぉ! ホンマにええとこ飛ばすやん! クラヤミ、ここんとこ一枚()っとき! (はな)になるでぇ、コイツは!」


「はぁ……本当は人よりもあっちの怪しい物を撮りたいのですが……」


「ドアホ! これも記事作りやろがい、ちゃんと仕事せい!」


 手持無沙汰(てもちぶさた)なガオルがクラヤミの脇腹をチョンと小突き、ずっと天井へフォーカスされていたカメラがゲットを(とら)える。

 すると、普通のカメラとして擬態(ぎたい)していた『カゲンブ』が、ニョッっと四つ脚を生やし、突然正体を表した。


「うぉっ!? なんやそれ、お前!? 最新の玩具(おもちゃ)は進化しとんのやな……!?」


「はい? あら、カゲンブさん起きたんですね……とういうことは!? やはり近くに怪異がいるんですね!!」


「なんのこっちゃ? ええから、はよ撮れっちゅうに」


 不思議なオバケカメラのことを玩具としか思っていないガオル。

 そんな彼の()かす言葉で、(あわ)ててクラヤミがシャッターを切った。


 すると、黒い三角甲羅(こうら)を背負ったカメのような一つ眼カメラが、ジジジと音を立てながら即席写真(チェキ)排泄(はいせつ)していく。

 吐き出されたそれをパタパタと団扇(うちわ)のように軽く(あお)ると、あっという間に色付いた。


「どや? 使えそうか?」


「あらまぁ……見事に()りつかれてますね、ゲットさん」


「さっきから何言うとんねん、クラヤミ? 話の通じんやっちゃなぁ、貸してみい!」


 要領(ようりょう)()ない返答ばかりで、微妙に話が噛み合っていない二人。

 流石に(ごう)()やしたのか、ガオルがバッと写真を(かす)め取って自分の目で確かめることに。


 まず目についたのは、写真のフレームである余白に文字が印字されていたこと。

 明らかに企業ロゴではないソレは、怪しく惹きつける筆記でどうにも目が離せなかったのだ。


「お、なんや書いてあるな、『浮遊兎(フユウサギ)』……?」


 そして手にした写真を目にした途端、ガオルの表情は一気に強張(こわば)り、自分の目を疑うように目を(こす)り出す。


「ハ……な、なんやコイツ……!?」


 プルプルと写真を持つ手が震え、何度も顔を上げては写真と見比べた。


 そんな盛り上がっている二人を遠巻きに眺めていたゲットが、(さび)しそうに声を上げる。

 その手には、既にボールが二つ抱えられていた。


「お~い! 歓声の一つくらいさぁ、くれたっていいんじゃないの? ほら、ボール取れたよ! それと、あの変な白いのも落ちて来たし!」


「ゲット! おま、お前……本当になんともないんか!?」


「はぁ……? 怖がらせようったって、そんな弱みを見せる気ないからね? 変な事記事にしないでよ」


「ちゃうて、それどころや無いんや!! 白いの! そのホコリ見てみい!!」


「ホコリ……?」


 人は無意識に見たくない物を視界から消してしまうものなのだ。

 だが、言われて注視してみると、だんだんと()えないモノが()えて来る。


 自分の周囲を取り巻くように、フワフワと空中を漂うボールくらいの大きな綿埃(わたぼこり)

 さらによく観察すると、黒いつぶらな二つの目があり、目と目が合うとソレが『プイ』と鳴いた。


「う、うわぁぁぁ!? なんなんだよコイツ等!? ひぃ……!!」


 声があるということは、明確に意思があるということ。

 ゲットは一瞬にして、そのナニカが生き物らしいということは直感し、(おそ)われないように腰を落として転がるように逃げ出した。


 だが、逃げる際中に首を回して振り返ると、まるで獲物を追うように少年を追いかけて飛んで来る。


「来るな! なんでボクの方にばかり来るんだよ!! 助けてくれぇ!!!」


「ちょちょちょ、ゲットお前どこ行くねん!?」


「そんなのコイツ等に聞いてくれよ!! 見てないでどうにかしてくれぇ!!」


「んなこと言われたかて……そや、クラヤミなんか知っとらんか!? なんや詳しそうやったろ!!」


 腰が抜けているのか、赤ちゃんのような四つ脚歩行の情けない姿を(さら)して、ゲットが走り去っていく。

 しかし屋内ではそうそう逃げ場など限られており、ほどなくして行き止まりに追い詰められるのも時間の問題だろう。


 あまりの咄嗟(とっさ)の事態に、機転を利かせた助け船が思い付かないガオルは隣のクラヤミへ声を掛けた。


「いえ、そんなのよりも……私は俄然(がぜん)向こうに興味がありますので! 失礼します!」


「おい、クラヤミ!?」

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ