フユウサギ・その5
高く高く、月まで届くような回転球。
しかし、天に唾吐くように、それは虚しくゲットの元へと帰ってきた。
そのボールが地を叩くよりも先に身体を動かしたゲットは、着地点で上手にキャッチしてみせる。
「おっと、こんなもんかな。 よし、コツは掴んできたし次は任せてよ」
「へっへっへ、ワイはそのままでもええんやで? その方が球拾いせんで済むんでなぁ」
「ふぅん、それはどうかな? 宣言通りに当てれば、キミらの仕事も一回で済むんじゃない?」
「おっしゃる通りで! 期待しとるでエース!」
「そうこなくっちゃ。 それっ!」
横から茶々を入れるガオルと軽口を交わしながら、ゲットは月面帰りのボールを何度かドリブルして手に馴染ませる。
気合いを入れるためか、あるいは彼なりのジンクスなのか、バンダナを直して唇を舐めると、ゆっくりと天井の梁に狙いを定めていく。
そして、以前よりも調整を研ぎ澄まされた第二投目が放たれた。
美しく洗練された投球フォーム、さらに差し込む昼の陽光が彼を照らし、舞い散るホコリがキラキラと少年を飾り付けて芸術に仕立て上げている。
「おぉ! ホンマにええとこ飛ばすやん! クラヤミ、ここんとこ一枚撮っとき! 華になるでぇ、コイツは!」
「はぁ……本当は人よりもあっちの怪しい物を撮りたいのですが……」
「ドアホ! これも記事作りやろがい、ちゃんと仕事せい!」
手持無沙汰なガオルがクラヤミの脇腹をチョンと小突き、ずっと天井へフォーカスされていたカメラがゲットを捉える。
すると、普通のカメラとして擬態していた『カゲンブ』が、ニョッっと四つ脚を生やし、突然正体を表した。
「うぉっ!? なんやそれ、お前!? 最新の玩具は進化しとんのやな……!?」
「はい? あら、カゲンブさん起きたんですね……とういうことは!? やはり近くに怪異がいるんですね!!」
「なんのこっちゃ? ええから、はよ撮れっちゅうに」
不思議なオバケカメラのことを玩具としか思っていないガオル。
そんな彼の急かす言葉で、慌ててクラヤミがシャッターを切った。
すると、黒い三角甲羅を背負ったカメのような一つ眼カメラが、ジジジと音を立てながら即席写真を排泄していく。
吐き出されたそれをパタパタと団扇のように軽く煽ると、あっという間に色付いた。
「どや? 使えそうか?」
「あらまぁ……見事に憑りつかれてますね、ゲットさん」
「さっきから何言うとんねん、クラヤミ? 話の通じんやっちゃなぁ、貸してみい!」
要領を得ない返答ばかりで、微妙に話が噛み合っていない二人。
流石に業を煮やしたのか、ガオルがバッと写真を掠め取って自分の目で確かめることに。
まず目についたのは、写真のフレームである余白に文字が印字されていたこと。
明らかに企業ロゴではないソレは、怪しく惹きつける筆記でどうにも目が離せなかったのだ。
「お、なんや書いてあるな、『浮遊兎』……?」
そして手にした写真を目にした途端、ガオルの表情は一気に強張り、自分の目を疑うように目を擦り出す。
「ハ……な、なんやコイツ……!?」
プルプルと写真を持つ手が震え、何度も顔を上げては写真と見比べた。
そんな盛り上がっている二人を遠巻きに眺めていたゲットが、寂しそうに声を上げる。
その手には、既にボールが二つ抱えられていた。
「お~い! 歓声の一つくらいさぁ、くれたっていいんじゃないの? ほら、ボール取れたよ! それと、あの変な白いのも落ちて来たし!」
「ゲット! おま、お前……本当になんともないんか!?」
「はぁ……? 怖がらせようったって、そんな弱みを見せる気ないからね? 変な事記事にしないでよ」
「ちゃうて、それどころや無いんや!! 白いの! そのホコリ見てみい!!」
「ホコリ……?」
人は無意識に見たくない物を視界から消してしまうものなのだ。
だが、言われて注視してみると、だんだんと見えないモノが視えて来る。
自分の周囲を取り巻くように、フワフワと空中を漂うボールくらいの大きな綿埃。
さらによく観察すると、黒いつぶらな二つの目があり、目と目が合うとソレが『プイ』と鳴いた。
「う、うわぁぁぁ!? なんなんだよコイツ等!? ひぃ……!!」
声があるということは、明確に意思があるということ。
ゲットは一瞬にして、そのナニカが生き物らしいということは直感し、襲われないように腰を落として転がるように逃げ出した。
だが、逃げる際中に首を回して振り返ると、まるで獲物を追うように少年を追いかけて飛んで来る。
「来るな! なんでボクの方にばかり来るんだよ!! 助けてくれぇ!!!」
「ちょちょちょ、ゲットお前どこ行くねん!?」
「そんなのコイツ等に聞いてくれよ!! 見てないでどうにかしてくれぇ!!」
「んなこと言われたかて……そや、クラヤミなんか知っとらんか!? なんや詳しそうやったろ!!」
腰が抜けているのか、赤ちゃんのような四つ脚歩行の情けない姿を晒して、ゲットが走り去っていく。
しかし屋内ではそうそう逃げ場など限られており、ほどなくして行き止まりに追い詰められるのも時間の問題だろう。
あまりの咄嗟の事態に、機転を利かせた助け船が思い付かないガオルは隣のクラヤミへ声を掛けた。
「いえ、そんなのよりも……私は俄然向こうに興味がありますので! 失礼します!」
「おい、クラヤミ!?」
続きます。




