フユウサギ・その4
そのまま突き出されたカゴはカラカラと軽快な音を立てながら、慣性で自然に止まっていく。
気が付けば、ガオルとクラヤミの目の前に4つも渋滞していた。
「なんや、ゲット。 こないにボール出して、どないすんねん。 遊んどる暇ないで?」
運べと言われたところで、こんなものをどうすればいいのか皆目見当がつかない。
小首を傾げるガオルが、ボールを一つ掴み上げて疑問と一緒にパスを送る。
「天井にハマったボールに、子供の手なんて届くわけないだろ? だから、コイツで撃ち落とすのさ」
「えぇ……結構遠いですよ、上……私そんなに高く投げられません……」
ガオルからボールを受け取ったゲットは、そのまま流れるようにクラヤミへ繋げる。
しかし、反射神経の鈍い彼女はボテリと取り落とし、転がるソレを鈍臭くワタワタと追いかけていく。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、ゲットはやっぱりか、と呟きながら二人に指差し指示を出す。
同じクラスだというのに、体育の授業で彼女にハイライトが当たった記憶など無いからだ。
「大丈夫、投げるのはボクだけでいいからさ。 ガオルは弾かれたボールを拾って、クラヤミさんはカゴからボールを手渡してくれればいいよ。 効率よく数撃てば、そのうち落ちてくるさ」
「ほぉん、なるほどなぁ。 せやけど、バスケ部のエース様でも百発百中とはいかんのかいな」
「そりゃ、天井のボールを取る練習なんてしたことないからね。 あんなところ、わざと悪戯しようとでもしなきゃ、普通ハマらないよ」
「なのに、ハマってしもうた、と……」
「はぁ……本当に意味わかんないよね……もういいけどさ」
未だにボールへ追いつけないクラヤミを放っておき、男子二人が並んでカゴを押していく。
コートの中央付近まで運ぶと、ゲットは投げやすい位置を値踏みしながら周囲を歩き始めた。
天井を見上げながら梁を見定めていくと、不意に視界の中へ違和感を感じる。
「あれ……ねぇ、ガオル。 アレなんだろう……?」
「ん、なんやなんや……どないしたん」
ゲットの指す方向を眼で追うと、横に伸びる長い梁には、茶色いボールの他に白い布のようなものが乗っていた。
遠目ではあるが、だいたいバスケットボールと同じくらい、あるいは人間の頭と同等の大きさに丸められている。
「なんやけったいなモンが……ちょい待ち!? なんか他にもぎょうさんあるで!? ほれ、ソコにも、アッコにも!?」
一度認識すると、途端に目に付くようになってきた白い布。
振り向けば、天井中の梁という梁にその丸めた白い塊が散見される。
何かしら華やかな色付けがあれば、まだ違和感を感じないはずだった。
しかし全く模様の無い、ツルリとした月見団子風の場違いな無機質さが、余計に心をザワつかせていく。
「あんなの、午前の体育じゃ見なかったはずだけど……悪戯にしては変だね……?」
「こっちで催しやるっちゅう噂、一つも耳に入っとらんし。 こりゃ、臭ってきたでぇ」
二人が顔を突き合わせ、どうにもキナ臭い雰囲気を肌に感じ取り背筋を正していると、すっかり忘れられていたクラヤミが声を張り出す。
「んまぁ! なんです、アレ!? ほわぁ、もっと近くで観察させてください! とっても興味ありますよ、私!!」
その目はキラキラと宝石を見るように輝いており、まるで恋する乙女のようですらある。
いつの間に取り出したのか黒いカメラも構えており、しかし遠すぎるのか悔しそうにファインダーを睨んでいた。
今にも消え入りそうな日陰族だったとは思えないほどの、喜怒哀楽がハッキリとした豹変ぶりである。
「急に元気なるやん、自分」
「というか、アレを落とせって、こと……? いやぁ、勝手に触っちゃマズいんじゃないかな……」
格好つけたがりのゲットは、人前で注意されるようなことなど頼まれてもしたくはない。
その迷った心を表すように、バスケットボールを右へ左へ弾ませながらウウンと唸る。
「別に、ええんとちゃう? ボール取るついでに、手が滑りました~で誤魔化せるやろ。 しかもワイも知らんちゅうことなら、逆にスクープのチャンスやし、逃す手は無いで!」
「えぇ~……」
「それにや、取れ言うたんは委員長や。 ゲットはなんも悪くないやろ? ほら、ワイからも頼むで」
「わかった、わかったよ、もう……」
ガオルが何度も頭を下げながら口八丁でまくし立て、揺れるゲットの心をさらに揺さぶってついに心根を折る。
実際、あれだけ沢山の白い塊が並んでいるのであれば、どうせ一つくらいは落としてしまうのだ。
迷った所で仕方が無いと自分に言い聞かせてゲットはボールを握りしめる。
「一応、狙いはボールだからね。 あくまでも、他は事故! ちゃんと先生にも説明してよ?」
「へへへ、分かっとるがな」
「コチラも準備OKですよ!」
いつでも撮れますよとばかりに、ファインダーを覗き込んだままクラヤミがサムズアップする。
そのあまりにも無礼な立ち振る舞いに、思わずゲットのメモ帳がハリセン代わりに頭を襲う。
「いや、お前も頭下げんかい! なんでワイだけヘコヘコしとんねん!」
「ハハ……気にしてないって。 それじゃ行くよ!」
真上に向けたロングスロー、その一投目が彼を手を離れて勢い良く上昇していく。
続きます。




