フユウサギ・その3
鼻の垂れたガオルが、手に持っていたメモ帳を一枚千切ると、それでチリ紙代わりに鼻をかむ。
丸めた紙片は、教室の隅に佇むゴミ箱に目掛けて狙いを定め、ヒョイと軽く放り投げた。
ゴールポストのゴミ箱は、ガオル達とはほぼ対角の遠い距離。
しかし、まるで導かれるように、テラテラと陽を反射しながら、綺麗に放物線を描いてホールインワン。
「よっしゃぁ! めっちゃ飛んでったで! どうやゲット、ワイをエースとしてスカウトせぇへんか?」
「汚いなぁ……なんか飛び散ってなかった……?」
「ドアホ! あれはホコリやホコリ! 滅多なことぬかすなや!」
「また、そうやって人のせいにして……それにしても確かに不自然なくらい飛んだね」
なんだったんだろうと、ゲットがゴミ箱を見に行こうと席を立つ。
そこへ、彼を呼び止める声が上がり、振り返った。
「ゲットー!! いたいた!」
「ター坊? 休み時間ずっと見掛けなかったけど、どうしたんだい」
「悪い! この通りだ!」
「え、な、何が……?」
突然やってきたター坊は、これまた突然頭を下げて謝り出す。
謝罪を受けるなど、まるで身に覚えのないゲットは、引きつった困り顔で固まってしまった。
チラリとガオルの方へ眼を向けるが、コチラは面白くなってきたとばかりにメモ帳を用意しているので、まるで助けにはなりそうもない。
「さっきさ、昼休みの体育館の手伝いするって約束しただろ。 でも大根が見つからなくてよぉ、そっちで手が離せなさそうだぜ……」
「あ、本当に探してたんだ……ダイコン……」
この少年の冗談はまだ続いているのだろうか。
それにしては本気で申し訳なさそうにしているように見える。
ゲットは、どちらに話題を振っていいのか分からず、どうしたものかとバンダナを弄くる。
「なんや、もしかして昨日言ってた大活躍っちゅうヤツかいな」
「あ! それそれ! どうせ明日になったら帰って来るんだけどよ、間違って誰かが喰ったらヤベーしさぁ」
「そうなんだ。 よくわからないけど……ボクは別に気にしてないから、こっちは大丈夫だよター坊」
元はと言えば、自分のボールが打ち上がってしまったもの。
善意で協力を申し出たはずのター坊が困っているのであれば、そちらを優先するのが道理である。
しかし、そんな二人のやり取りにズカズカと割って入り、明らかに怪しい営業スマイルでガオルが手を挙げた。
「せやター坊、ワイがその手伝い代わったるわ」
「本当か!? マジ、頼むぜ!!」
「ちょ、ちょっとター坊! 大丈夫かい!?」
「はぁ、何が?」
ニマニマと歯を見せて笑い、絶対下心があるガオルからター坊を引き剥がすと、小声で少年に耳打ちする。
「タダより高い物はないって言うだろ? 彼が安請け合いするわけ無いって!」
「そうかぁ?」
「聞こえとんで、お前ら!!」
ヒソヒソ話で顔を寄せ合う二人の間に、再びヌッと頬をくっ付けながらガオルが割り込む。
「いくらなんぼでも、友人を食い物にせんわい! ただ、ちぃとだけター坊のダイコンを借りたいっちゅうだけや! 今度の記事の客寄せにやで」
「あぁ、そういうことなら……」
男三人団子になって暑苦しい状況からパッと離れると、ホッと一息ついてゲットが頷く。
「そういうことで、後は頼んだぜガオル! オレ、もう一回探してくるぜ!」
「おう、ワイの飯のタネのために気張ってけな」
来訪時と同様に、バタバタと騒がしく去っていくター坊を見送ると、ガオルが揉み手をしながら振り返る。
「さぁて、ター坊はこれでしまいやな。 それでゲットくんの方なんやけど」
「くんとかヤメテよ気持ち悪い……というか、ボクにもたかるのかよ!」
「そう言うなや、ただ手伝いの様子を写真に撮りたいっちゅうだけの話やん」
「写真?」
「せやせや、ター坊の話もオモロそうやけど女子の喰い付きが悪いはずやし。 ここはいっちょ、華を飾っとかんと、他の校内新聞に負けてまうや」
「はぁ、まぁそれくらないならいいよ」
「おっしゃ! そんじゃ、クラヤミにも話付けて来るわ。 アイツ最近カメラ買うてん。 背だけは高いし、アレも何かの役には立つやろ」
「運動音痴じゃなかった、あの人……?」
そう呟いてはみたものの、ガオルはそそくさと行ってしまい、ゲットの言葉は不安を残して教室を漂っていくのであった。
それから給食を食べ終えて、各々が体育館へと集まりだす。
今日は快晴、風の心地良い天気であるため、遊び盛りはみんな校庭へ出てしまっている。
いざ扉を開けてみると、体育館はがらんどうで人気がなかった。
「これは絶好のボール取り日和だね、はぁ……面倒くさ……」
「そんなら、パパっと片付けて、はよ自由の身になろうや」
「あの……私は何故ここに……?」
気だるげに倉庫へ向かうゲット。
そして、手錠のように腕を結ばれて連行されるクラヤミを連れたガオルの三人だけがこの体育館を独占していた。
「お前はどうせ部室の暗室で寝るだけやろ。 たまには運動せい」
「私、夜型なので……眩しいのはちょっと……あぅ」
お腹も満たされ、胃に血が回っているのか、眼をしょぼしょぼとさせるクラヤミ。
そんな彼女をガオルが小突いて目を覚まさせる。
「お、開いた。 ねぇ、ちょっとボール運ぶの手伝ってくれないかい、二人共!」
倉庫の鍵を開け終えたゲットが中から響く。
そして、バスケットボールをしこたま入れたキャスター付のカゴがいくつか顔を出した。
続きます。




