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フユウサギ・その2

 届かないボールは一先ず置いておき、その他の片付けを終えると生徒達が体育館を出ていく。


 そんな背もまばらに不揃いな列の最後尾、まだまだ元気の有り余るター坊が、クイと目の前を行くゲットの服を引っ張った。

 いつも全力の彼にしては珍しく、やけにヒソヒソと耳打ちするように声を潜めるものだから、ゲットも何事かと感心を寄せる。


「なぁ、ゲット……さっきの特等席の礼にさ、イイもん見せてやるぜ」


「いいもの? またセミとかヘビみたいなのは勘弁してくれよ?」


「そんなビビんなって! ちょっと待ってな、ヤガミンに見つかると五月蠅(うるさ)いからよ」


 周囲を警戒しながら体育館の倉庫へ走ると、少年はカバンを抱えて帰って来た。

 登下校用のカバンのはずだが、何故こんなところに隠していたのか、少し疑問に思いながらも興味が勝り手を掛ける。


「ふぅん、開けていいのかい?」


「へへ、驚くなよ……ヘックシュッ!! うぅ、なんかまだホコリっぽいなぁ?」


「倉庫なんかに置いとくからだろ。 それじゃ、開けるぞ……」


 宝箱かあるいはプレゼントボックスのようなワクワクした期待を胸に、ゲットがゆっくりとカバンを開く。

 すると、中は空っぽ、ただ薄暗い底に土が少し付着しているのが見えるだけであった。


「なんにも……入ってないみたいだけど?」


「はぁ!? そんなわけ……あれぇ!? 逃げやがった!!」


「逃げるって、ネコでも見つけたんだ?」


「チゲーよ、もっとスゴイもんだぜ! おっかしぃな~、さっき見た時は入ってたんだけど、()()()()()消えちまったんだ大根のヤツ……」


「え、ダイコン……? あぁ~、フフッ」


 その言葉で、ゲットは自分がからかわれてるのだと気が付いてクスリと笑う。

 そしてふざけたようにター坊のオデコをコツンと指で弾いた。


「分かった分かった。 また今度見せてくれよな」


「あ! ゲット、お前信じてないだろ!! あの大根、喰うととんでもないことになる、スッゲー大根なんだぜ!?」


「信じてるって、とりあえず教室戻ってからな。 スッゲー大根はその後で、な?」


 次の授業に遅れては先生に怒られてしまう。

 カッコイイキャラでいようと努めるゲットは、これ以上時間を無駄にしたくはないのだ。


「チェッ! 分かったよ……おい、あれ!?」


「はは、今度は何さ……へ?」


 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下。

 雨よけの屋根こそ付いてはいるが、周囲はグラウンドへも繋がっているほぼ屋外。


 またター坊の悪戯(いたずら)かと半笑いで振り返ると、目の前を上から下へ一瞬で何かが通り過ぎる。

 彼らの歩く廊下の途中に、『ベシャ』と音を立てて、小柄な動物のようなモノが落ちて来たのだ。


「と、鳥……かな?」


「行ってみよーぜ!」


「えぇ……本気?」


 あまり意気地(いくじ)の無い方であるゲットは気乗りせず、本心を言えば近付きたくはない。

 しかし、ター坊に格好悪い奴だと思われたくはなかったため、しかたなく嫌々ながら後ろを続く。


 すると、近付くほどに、どうやらソレが生き物ではないのだと判明していった。

 見慣れた人工皮、程よく凹凸のある握りやすい表面、茶色く毛の無い物体。


「なぁ、ター坊……これ、バスケットボールじゃないか?」


「お、本当だ! ひぇ~、こんなグチャグチャになって、ひっでぇことするなぁ」


 まるで鋭利(えいり)なナイフで切り刻んだかのようにズタズタになったボールの()れの果て。

 それがバスケ部のエースであるゲットへ、当てつけるように打ち捨てられていた。


「はぁ……こういう悪戯は好きじゃないな……」


「あー、(ねた)みってやつか?」


「多分ね。 ほら、気持ち切り替えてこう! こんなこと忘れて、教室戻ろうかター坊!」


「そ、そうだな!」


 もう一度空を見上げるが、校舎からは犯人らしき生徒は見当たらない。

 しかし、いくつかは窓が開いているので、放り投げれば届かないこともないだろう。


 落ちて来るときに渡り廊下の屋根を(こす)ったのか、(ほこり)がチラホラ舞っているので見間違いではないはずだ。


 堂々と文句も言えない陰湿(いんしつ)なヤツのことなど相手にするだけ無駄だと一蹴(いっしゅう)し、ゲットは前向きに捉えることにした。






「……ってことがあってさ、今日は気分が最悪だよ。 昼休みは潰れそうだし」


「そら災難だったわなぁ。 犯人に心当たりはあるんか?」


「いや、全然。 むしろ、ガオルなら何か知ってないかなと思ってさ」


 授業を一つ挟んでも気分は晴れず、ゲットのモヤモヤした感情をクラスメイトの志賀薫(シガ カオル)、通称ガオルに愚痴(ぐち)っていた。

 情報通でゴシップに鼻の鋭いこの少年ならば、答えは出なくとも好きで愚痴を聞いてくれるのだから。


「そやなぁ、バスケ部は円満でネタが無いっちゅうのが、ワイの見解やったけど」


「ま、そうだよね。 だから余計にショックなんだけどさ」


 ハァ、と再び深い溜息(ためいき)をこぼすゲット。

 そんな彼を見て、ヒクヒクと鼻を擦ったガオルが、ニヤリと歯を見せて凄味を利かせる。


「その溜息、臭う、臭うでぇ、『()』が(かお)るわ」


「死!?……って、どうせホコリでしょ。 さっきター坊にも言われたよ」


「ガハハ! まぁ、そう溜息付いとったら、ええことないっちゅうお節介(せっかい)や……ハッブシ!!」


 ガオルは(はげ)ますつもりで彼の背中をバシバシと力強く叩くと、こちらもまた大きなクシャミをあげてしまう。


「ほらね」


「ズビ、ワイの自慢の鼻が……これじゃ商売あがったりやで、ホンマ」

続きます。

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