フユウサギ・その1(挿絵)
少子化に伴い繰り返される合併。
その結果、伊勢海小学校はこの伊勢海市に現存する唯一の小学校となっており、特に体育館は全校生徒を入れるため、かなりの広大な面積を誇っている。
子供にとってはテーマパークのようなマンモス校となったおかげで、なんと今ではバスケコートとしてなら6つも同時に使用できてしまうのである。
そんな広々としたコートの一角で、今日も一際小柄な生徒がボールを弾ませ駆けまわっていた。
「どりゃりゃりゃぁ! オレのスピードに着いてこれねぇだろ、ノッポども! 盗れるもんなら、盗ってみやがれ!!」
「くっそ、ズルいぞター坊! そんな低いのは、もうドリブルじゃないだろ!」
「ター坊が行ったぞ、止めろ止めろー! もう時間ないって!」
ボールを死守したまま、小回りの利く体型を活かし、成長期で大きくなった子供たちの隙間を掻い潜る。
いくら掠め取ろうにも、手を伸ばそうと屈んだ途端に彼が離れてしまうのだ。
それを一人二人……と重ねていくと、あっとう間にゴールポストが目前へと迫る。
「見えたぜ、勝ち星!! うぉー! 必殺、神風スーパー……」
健康的に日焼けした少年、ター坊がバスケットゴールの真下で急停止すると、ボールを抱えて大きく跳躍。
狙うは直接叩き込むダンクシュート、だがその手が網に掛かるかというところで、彼の上昇はピタリと止まってしまった。
「ダンクシュー……って、おろろ? と、届かねぇ~!! ふんげっ!?」
人は飛べない、同年代と比べても圧倒的に身体の小さなター坊には、ゴールのリングが無謀と言えるほどに遠すぎた。
そして主を失ったバスケットボールは、ター坊の手を離れて一人虚しくコートを転がっていく。
着地に失敗して床へ身体を投げだし、無様に天を仰いでいるター坊。
そんな彼を爽やかな笑顔で見下ろし茶髪の少年の足羽蹴兎、通称ゲットが労いの言葉を掛けた。
「惜しかったな、ター坊。 まぁ、本当のダンクシュートを見せてやるから、その特等席で待ってな」
「痛てて、ゲットはバスケ部じゃん。 本気出すのはズルだぞ!」
「どうせ試合時間はほんの僅かも残ってないんだ、ラストだけならいいだろ? さ、見逃すなよ……」
ゲットも散々動き回ったというのに、その顔には汗一つない綺麗な顔立ち。
前髪をかき上げる黒いバンダナがそれを強調しており、対称的な白い歯を見せる笑顔がより一層輝いていた。
そんなイケメンを演出してしまったものだから、彼がボールを受け取った途端に、コートの周囲から黄色い声が一斉に上がってしまう。
沸き立っているのはみんな女子生徒。
既に試合の終わったコートから引き揚げ、このコートへと集まり野次馬となっていた。
バスケ部のエースであるゲットの活躍を待ってましたとばかりに応援しているわけである。
チームを引っ張るリーダーシップと、スラっとした身体を持つゲットは女子受けが良いのだ。
この体育館中の視線を思うがままに浴びて駆けだすと、ター坊の勢いだけの猛進とは違い、巧みにボールを操り前へと進む。
そして、ター坊が失敗したバスケットゴールが近付くと、グッと脚に力を込めてバネとする。
「足羽蹴兎、明日の勝利はこの手で掴む……ってね」
ダン、とリングが弾むと同時に、バスケットボールがコートを叩く。
小学生ながら、まるで兎かと思う程の見事な跳躍力を観戦した者達へ見せつけた。
まるでドラマのような逆転劇、これは少年少女にとって劇物のような刺激だろう。
たちまち、試合終了のホイッスルを掻き消すほどの女子の歓声が体育館を満たしてしまった。
「「「キャーッ!! ゲットく~~ん!!」」」
だが、そんな外野の声に意も介さず、リングを見上げていたター坊を見下ろした。
「どうだいター坊、カッコ良かったろ」
「チェ~、お前ばっかりチヤホヤされてんの。 オレはいいから、手でも振ってやれよ」
「はは、拗ねるなよ。 キミもカッコ良かったから、ボクにまで火が着いたんだからさ」
そう言いながらも、ゲットは止まらない声援を送る女子陣へと手を振り返す。
すると、やっと振り向いてくれたと、女の子達の声量は余計に増していった。
そんな盛り上がりの中、人垣をズンズンと掻き分けてヤガミンがやって来る。
「ほら、二人共! いつまでも青春ごっこしてないで片付け手伝う! あんた達が始めないと、ギャラリーが退かないでしょうが!」
「まぁまぁ、そんな噛み付くなってヤガミン。 よっと、あれ……なぁゲット、さっきのボールどこ行っちまったんだ?」
手も使わずに脚を振って立ち上がると、ター坊は目をグルリと回して辺りを見渡す。
なにしろ、バスケ部エースの十八番を特等席で観覧していたものだがら、周囲の様子などさっぱりなのだ。
ところが、ダンクを決めた本人もボールの行方は知らないらしく、分からないと首を横へ振っている。
「ヤバ……カッコつけてて、見てなかったみたいだ。 え~っと……ねぇキミ達! ボール知らないかい?」
自分のコートのことは自分達で片付ける。
それを目力だけで訴えて来るヤガミンの無言の圧力があるためか、ゲットはバツが悪そうにしながら、沸き立つ女の子達へ声を掛けた。
すると、ギャラリーの一人がスッと上を指す。
「天井? あっ……」
「あ~ぁ、ゲット……お前やっちまったな」
見上げれば、天井に伝う梁の隙間に、バスケットボールが挟まっていた。
歴代の子供たちが何度も飲まれては奪い返しを繰り返す、賽の河原のような地獄のボール喰らい。
それが、今日も獲物を一つ捕らえてしまったらしい。
「いやいやいや! 下に打ち付けたボールがあんなところに届くわけないだろ!? ボクのじゃないって!」
「そんな言い訳聞きません! ちゃんと証人がいるんだからね! お昼休みを使ってでも、ちゃんと取ってもらうから!」
「うしし、残念だったなぁゲット~」
「はぁ、最悪だ……」
「オレも手伝ってやっから、そう落ち込むなって!」
決まりごとに口煩い委員長に目を付けられ、仕方ないと肩を落とすゲット。
そんな彼を励ますように、ター坊が背中を叩く。
その衝撃で、バフンと白い綿毛のような埃が舞い上がった。
「ハックシュッ! ふぇ、なんだお前? 妙にホコリっぽいぜ?」
「え、体育のゼッケンのせいかな? いい加減買い換えてほしいよねコレ」
ほわほわと浮かぶ白くて丸い綿埃。
それは、まるで煙のように天井の方へと上がっていくのであった。
続きます。




