カミカミサマ・終
「とりあえず、この髪の怪が学校を守ってたのは分かったけど、それがなんで私の髪に憑りついちゃったのかしら……? この子は時計の封印解除の件とは関係ないんでしょう?」
マフラーのように首へ巻き付きゴロゴロと喉を鳴らす怪異を撫でながら、ヤガミンは困惑したように質問を投げる。
あれほど怖ろしかった怪異の威厳は崩れ、もはや犬猫の類のように見えて来る。
あの異常な凶暴性は、ダイコンランの毒性が作り出したものであったらしい。
「実は……そちらも意図せず封印を解いてしまったようでして……」
「こっちもなの!?」
「はい、今朝のお社での出来事を覚えていますか?」
「ヤガミンが掃除してたやつか? やっぱり触ったのがマズかったかぁ」
「いえ、違いますよター坊さん。 むしろあなただって原因の一部とも言えるのですから」
「はぁ!? オレは今回、何にも関係ないだろ!? だって一回も社に触ってすらいないんだぜ!?」
突然犯人捜しの矛先が自分へ向いて、ター坊が血相を変える。
なにせ、自分は可哀想な被害者であり、謝罪の一つでも欲しいと思っていたくらいなのだから。
だが確定的な証拠があるのだろう、クラヤミは一切退かずに説明を続ける。
「水です。 掛けたでしょう、委員長さんの頭に」
そう言って、彼女はヤガミンの黒髪を指す。
この仕草を眼に入れた瞬間、ター坊の記憶がフラッシュバックしていく。
確か朝ごはんを食べ終えた後、水を汲むようヤガミンに言われたはずだ。
その後、持って来たバケツから、彼女の火照った顔を冷ましてやろうと水鉄砲をしていたのである。
「あ、そういえば……いやいや、でもそれはヤガミンにだぜ? それが何だって言うんだよ」
「昔から、巫女は髪を伸ばして結っておき、神事の際にはそれを解いて清めたそうです。 髪を下ろす、転じて神を降ろす……つまり、私達は神降の儀式をしてしまったんですよ」
「それで、あの古ぼけたお社に眠ってたこの子が起きちゃったってわけね……もう、ター坊! あんたが余計なことするからこんなことになったんじゃない!!」
原因がター坊にあるとわかった途端、ヤガミンが目を吊り上げて怒りを表す。
宿主の感情に敏感なのか、守神様もグルルと唸って牙を見せつける。
このまま噛みつかれてはかなわないと、ター坊は慌ててクラヤミを指し返し弁明を始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ! クラヤミだって、さっき封印を解いたって! こいつも何かやったんだろ!?」
「はぁ、まぁ……委員長さんの写真を撮る時に社も入れてしまったので、コチラの写真が出てしまいまして」
おずおずと差し出された即席写真には、黒い背景に浮かび上がる社。
校内新聞の『逢魔時計』でも掲示されていたモノと同様の現象に見える。
そして一目で、二人はそれが封印を解いた証なのだと理解した。
「ほら見ろ! やっぱりコイツも悪いんだって! オレだけのせいじゃねぇかえらな!」
共犯者が出てきたことで罪悪感が薄れ、気を取り直したター坊がここぞとばかりに胸を張って威張りだす。
だが調子に乗った彼とは対称的に、クラヤミは申し訳なさそうにしながらヤガミンにペコリと頭を下げていた。
「このお馬鹿! クラヤミさんのは事故、でもあんたのは悪戯でしょうが! 見せるべき誠意ってものがあるんじゃないの!?」
「げぇ!?」
どう責任を取るつもりだと、ヤガミンは彼の方へズイと一歩詰め寄る。
すると、あれだけ張っていたター坊の胸は、逃げるように後ろへ反っていく。
そのままヘビに睨まれたカエルのように押し黙って瞬き一つ挟まない両者。
じんわりと冷や汗がター坊の額を伝うが、その刺激が少年の脳に刺激を与え、機転を働かせる。
「あっ! 悪戯といえばさ! シャーペンのやつとかは何だったんだ!? ほら、そのカミカミサマってやつの仕業だったんだろ?」
「ちょっと、話まで逸らさないで!」
「それは……委員長さんの願いを叶えようとしたんじゃないですかね?」
「へ、へぇ~やっぱり腐っても神様ってことかぁ! あれぇ、でもよぉ。 最後はオレを狙ってきたぜ、ソイツ」
ター坊の苦し紛れの話題逸らしをヤガミンが妨害するも、鈍感なクラヤミは気にせず口車に乗ってしまう。
すると、その先の展開を察したのか、ヤガミンは顔を真っ赤に火照らせていった。
「うぅん、ここまでの流れでの推測ですが、おそらく委員長さんが本当に欲しかったものというのは……」
「ストーップ!! そこまでよクラヤミさん!! それ以上口を滑らせるなら、こっちにも考えがあるんだからッ!!」
「へ? あ、はぁ、すみません……」
急に噛みつかれ、何に対して怒られたのか分からず、クラヤミはキョトンとした顔で立ちすくむ。
だが、彼女へ注意が向いたこの隙を逃すはずも無く、ター坊はすぐさま踵を返して脚を動かした。
「今だっ!! そういうことで、オレは悪くないからな、あばよっ……アダッ!?」
バツの悪い状況からトンズラしようとするも、すぐに脚を取られて顔から転ぶ。
赤く腫れた頬を摩りながら足首のほうへと目をやると、なんとそこには長く伸びる黒髪が絡んでいた。
「うぎゃぁ!? またかよ!!」
「甘いわねぇター坊、自慢の脚もそれじゃ役に立たないでしょう? いつもみたいには逃がさないんだから。 フフン、この子が私の願いを聞いてくれるって分かったなら、こういう使い方も出来るのよ」
「お、おい、ヤガミン? 何するつもりだよ!?」
「金輪際、ふざけた悪戯ができないように、たぁっぷりお説教してあげるのよ!!」
「そんなぁ~!!!」
「ははぁ、委員長さんは束縛するタイプだったんですねぇ」
平身低頭必死に謝るター坊とヤガミンの姿を眺めながら、クラヤミはポツリとそんなことを漏らすのであった。
この日以降、伊勢海小学校では『妖怪二口女』が出るという噂が立つようになったという。
これで、今回の怪談はお終いです。
髪に憑く噛み付く髪の怪『カミカミサマ』。
人ならざる者の善意が、必ずしも良い事とは限りません。
もしも、あなたがそんな怪異に憑りつかれてしまったら、いったいどうしますか?
次回のお話も楽しみにお待ちください。
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