オウマガドケイ・その2(挿絵)
『キーンコーンカーンコーン……』
下校時間を知らせるチャイム、その哀愁を感じさせる不気味な音色が響き渡り、辺りがだんだんと雰囲気を変えていく。
あれだけ夕陽が射し込んでいたのに関わらず、周囲はだんだんと陰り出し、だが夕陽はさらに強く輝きを増していった。
「こんなに赤く眩しいのに、薄暗く不気味な影が差す……昔の人はこういう時間を逢魔時と呼んでいたようですね。 確か昔の時間でいうところの『夕暮れ六時』……昼と夜のどちらでもない境目で、他界と現実が繋がるのだとか」
その陽を校舎の大時計が一身に受け、怪しい発光を帯びだしてくる。
それは、反射して作られた地面の模様も同様で、陰った足元の中では一際異彩を放っていた。
クラヤミは大時計から流れる光の線を目で追っていき、いよいよ怪しくなってきた地面を見下ろす。
「この六時の時計の針、真っ直ぐな線になって……なんだか、地面に扉が出来たみたい……」
上から見下ろすと、まるで観音開きのような二枚戸が、地獄の蓋の如くピタリと閉まっているかのよう。
すると扉の下から、ドンドン、ドンドンドンと乱暴に叩き付ける音が鳴り出した。
「ッ…………!!」
一瞬、それは幻聴かと思われた、地面が音を鳴らすわけも無い。
しかし実際にクラヤミの目には、叩く度に扉が少しづつ弾んで、中から光の漏れ出ている様が映っていたのだ。
「今、何か……!?」
それだけではない、僅かに開いた隙間から、黒い物体がカラコロと音を立て、地面へ転がり落ちたことにも気が付いた。
薄暗いせいでよく見えないが、少し間を置いても動かないことを確認すると、恐る恐ると手に取ってみる。
ピトリと指先が触れると、ヒンヤリ冷たく生物らしい温度は感じられない。
ツルリとした肌触りの無機質さから、とりあえず生き物ではなさそうだ。
大きさは両手に納まる程度、形状はピラミッド型で、ストラップ紐のようなものが繋がっている。
そしてピラミッドの面の一つには、丸いカバーのようなものが出っ張っていた。
「これは……カメラ?」
学校の集合写真を撮る際に、このような大きなカメラを使っていた記憶がある。
スマホ世代には馴染み薄いが、だからこそ印象に残っていた。
仮にカメラなら、こちらのカバー側がレンズだとすると、反対の後ろ側から覗き込むのだろうか。
そう考えて探ると、案の定、覗き穴があったので目を通してみる。
ファインダーの先には、今も猛烈に戸を叩く音が止まない地面の観音扉。
不思議なことが起こり過ぎて、クラヤミは恐怖よりも好奇心が勝って来る。
そして、せっかくだから噂の証拠として残そうと、カメラのシャッターを切ってみた。
その瞬間、フラッシュのような白い光が瞬いて、世界が一瞬だけ白一色に消えてしまう。
途端、扉の奥から聞いたことも無い様々な声が、幾重にも混じりあって溢れ出して止まらない。
『ワハハハハハハハハハ!!!』
『オーホッホッホッホッ!!!』
「な、なに……何起きているんですか!?」
人とも獣とも区別できない混ざり合った複雑な声。
だが少なくとも、狂気に満ちた歓喜であることは感じ取れた。
その声に驚きカメラを下ろすと、なんと蓋となっていた観音扉は消えており、穴の中から間欠泉のように飛び出す魑魅魍魎の姿が視界を奪う。
身の毛もよだつ百鬼夜行が、ぞろぞろわらわらと夕焼け空へ溶けていた。
明らかに人はないナニカ、目に入れるだけで胃酸が込み上げるバケモノ、言葉では説明できない不可思議な怪異たちが、我先にと這い出しているではないか。
あまりの事態にクラヤミは立ち尽くし、たただた魅入られるように茫然と立ちすくむ。
だが、ずっと鳴っていた下校チャイムが鳴り止むと、その不気味な光景もウソみたいにパッと消えてしまった。
未だに自分の目が信じられない。
しかし何度目を擦っても、地面に穴なんか空いてはいない。
大時計は普通に夕陽を浴びている、校舎からは先生達にドヤされながら帰される生徒の声。
本当に、何事も無かったかのように、いつも通りの夕暮れに戻っていた。
「白昼夢……だったのでしょうか。 あっ、写真!」
あの時撮った写真を現像すれば、そう思った矢先、手元のカメラからジジジと機械音が鳴り出す。
目を落とすと、シャッターを切った際にカバーが収納されたのか、夕焼けのように真っ赤なレンズが顔を見せていた。
そして何事かと様子を窺うと、底面部から名刺サイズのツルリとした白い紙が排出される。
最初は何も記されていない紙切れだったが、注意深く観察すると、紙面にぼんやりと何かが浮かび上がって来た。
どうやら、このカメラは『インスタントカメラ』であったらしい。
今風に言うならチェキ、古い言い方ならポラロイド、その場で印刷する特殊なカメラのことだ。
やたらと本体が大きいのも、印刷用の用紙を入れておくためのようである。
そして、紙がじわじわと色濃くなってき、全体像が分かるようになると、クラヤミはさらに興奮した声を上げる。
「あら……? まぁまぁまぁ! なんてことでしょう!!」
なぜなら、そこには自分が見たあのおぞましい光景が、そっくりそのまま写し出されていのだから。
蓋となっていた観音扉がどうなったのかは分からないが、あの穴が『異世界』に繋がっていた決定的証拠を納めている。
それだけではなかった、写真の縁の余白にも、文章が浮かび上がったのである。
「まぁ文字まで! 『逢魔時計』……題名、いえあの穴の名前でしょうか。 素晴らしい! 素晴らしいです!!」
あれは、けっして見間違いではなかったのだ。
事実であったことが嬉しくて、クラヤミはすっかり魅入られたようにその小さな写真を気に入り、そっとポケットへ仕舞い込む。
記事に使える大事な資料だ、失くさないようにしなければならない。
機械が返事をするわけも無いが、あまりの嬉しさに興奮したクラヤミがカメラへと語り掛ける。
「あぁ、アナタには感謝しないとですね!」
すると、操作をしていないというのに、独りでにレンズのカバーが瞬きするように開閉した。
まるでクラヤミの言葉に、肯定の頷きでもするように。
さらに、カメのように短い足が、底面からニュっと四本伸びて自立して、ぺこりと小さく頭を下げる。
「あらあらあら! もしかして、アナタも異世界の子だったんですか!?」
命を持った不思議なカメラは、再びレンズを瞬きさせて頷いた。
驚くべきことだが、どうやらクラヤミの言葉が通じているらしい。
そして物言わぬカメラは、挨拶代わりだとばかりに写真をもう一枚吐き出し始めた。
今度は生き物らしく、力みながらワナワナと震え、お尻の方からひり出している。
「シャッターも押していないのに……今度は一体なんでしょう? というか、ちょっとこの絵面は汚いですね……」
生き物らしさが加わると、途端に排出ではなく排泄に見えて来る不思議。
嫌々ながらも待っていると、ちゃんと糞ではなく写真が出てきて安心する。
その吐き出された写真が色を付けると、どうにも不思議な光景が映されていた。
黒い空間にポツンと、あの時計模様の観音扉が浮かんでいるのである。
「もしかするとあの時、封印のようなものをこの写真へ切り取ってしまったのでしょうか? だとしたら、私達……とんでもないことをしてしまったのかも、ですね」
命を持ったヘンテコなカメラへ語り掛けると、クラヤミとカメラは困ったようにしばらく見つめ合う。
こうして、一つの噂から物語りは始まり、子供たちと噂たちが奇妙な出会いを果たした。
そしてこの日を境に、この伊勢海小学校には『異世界からやって来た不思議なモノ』がいくつも現れだし、新たな怪談として、生徒達を驚かせていくことになるのである。




