カミシバイ・その1
「ふぅ、こんなものかしらね」
一緒に給食の時間を過ごしたター坊とガオルの男性陣が真っ先に逃げ出したため、残されたヤガミンが一人で机を元に戻し終える。
綺麗に整頓されて机が真っ直ぐ歪みなく並ぶ光景に満足すると、彼女は午後の用意をしようと筆箱を取り出し中を漁った。
「あら? シャーペンの替え芯、もう無くなっちゃったのね。 うぅん、購買部混んでないといいのだけど……間に合うかしら」
別に誰かに貰ってもいいのだが、極力は物の貸し借りを作りたくない主義。
貸した貸さないの諍いなんて、仲裁だけでお腹いっぱいなのだ。
教室に据えられた丸時計をチラリと横目で確認し、なんとかギリギリ戻ってこれそうだと試算して立ち上がる。
ただし、少しの間とはいえ目を離すことになるため、クラヤミの面倒をクラスメイトに任せると、早歩きで廊下を滑走していった。
意地でも廊下を走らず、なんとか辿り着くと、不安とは裏腹に購買部はガランと人気の無い時間帯。
「良かったぁ、全然余裕を持って買い物出来そうね」
全力の早歩きで少し息の上がった肺を休めると、一息ついてザっと購買の中を一回りする。
買うものが決まっていたとしても、新商品が無いか観て周るのは楽しいものなのだ。
そんな中、可愛らしいピンク色で染められた女の子向け雑貨の棚で、彼女のお眼鏡にかなう一品へと留まる。
「あっ、このシリーズ……懐かしいな、まだ新作出てたんだ」
彼女が一点に見つめるのは、シャーペンのノック部分にマスコットキャラが被さっているもの。
幼稚園に通っていた頃から続く、息の長い人気の定番シリーズだ。
ヤガミンも昔はかなりの本数を集めており、いまでも目にするだけで当時の情熱を思い出す。
しかし、この小学校の寮に入る時に勉強の邪魔になるからと家に置いて来たため、今は手元に一本もない。
あるのは飾り気のないシンプルな筆記用具ばかり。
今日は一緒に来ている友達もおらず、人目もないため、つい油断してその可愛らしいペンを手に取ってみた。
「お、なんだヤガミンもそういうの好きなのか?」
「きゃぁぁ!?」
「うぉ、なんだよ、そんな驚くことないだろ?」
急に声を掛けられて落ち着いていたはずの心臓を跳ね上げると、振り向いた先にはキョトンと目を丸くしたター坊の姿があった。
その手には、裏庭にいるはずの大根走が握られている。
「あ、ああ、あんた……どうしてここに!?」
「ん、へへ! コイツさ、ヒゲがあるのに顔が無いだろ? だから絵の具で描いてみたんだけど、水で落ちっから駄目だったんだよなぁ。 てなわけで、油性ペン探しに来たんだぜ!」
言われてみると、ター坊の手の中で諦めた様に手脚を投げているダイコンランの表面に、滲んだ絵の具のようなものが薄らと残っている。
「でさ、それ買うのか? お前も意外と女の子らしいところあるのな、にしし!」
「え、そ、そんなわけないじゃない! 私は授業には真面目に取り組むって決めてるの! これじゃ、授業中遊でるみたいじゃないの!」
「え~、でもこれとか面白そうだぜ? ほら、ピカピカ~ってさ。 お、コッチなんて音が鳴るぜ!」
「何度も言わせないで、い・ら・な・い!」
クラスの皆に推薦されて委員長となったのだ、模範的な姿勢を示さなければならない。
ター坊の薦めをキッパリ断り、フンと鼻を鳴らして替え芯だけを握り会計に進む。
本当は後ろ髪を引かれる思いなのだが、何よりも常に不真面目なこの少年の前だけでは、弱い自分を見せたくないのだ。
電子決済を手早く済ませてスタスタと逃げるように教室へ戻ってく。
だというのに、わざわざター坊が後を追って来た。
「なぁんだ、結局買ったのかよ。 口では嫌そうにしてるクセに、身体は正直ってやつかぁ、にしし!」
「はぁ? あんた食べ過ぎて寝ぼけてんじゃないの」
気恥ずかしさもあり、わざと人を弄るような意地悪なター坊に対し、少し棘のある口調で向き直る。
そして、これを見て黙れとばかりに、替え芯を見せつけるつもりで右手を挙げた。
「これの、どこ、が…………へ?」
思わず口を閉じたのは、自分の方であった。
なにせ、ヤガミンの右手には、あの目星をつけていた可愛いキャラペンがあったのだから。
「どこがって、見たまんまだけど?」
「え、そうよね、いやそうじゃなくて! なんで!? 買ってないわよ、私!?」
あなたも見ていたでしょう、とター坊を見つめるが、彼は相変わらずキョトンと要領を得ないといった不思議そうな顔を浮かべている。
その様子から、知らない内に自分は購入していたらしいと思い当たる。
「でも、間違いなく棚に戻したのに……ウソよ……」
「まぁ何でもいいじゃん、さっさと教室戻ろーぜ!」
「うぅん、そう、よね……」
何度記憶を遡っても釈然としない。
まるで、自分じゃないナニカが、知らない間に操ったのではないかという疑心暗鬼を抱き始める。
だがそんなことをして、そのナニカに何の得があるというのか。
結局、意味も無い被害妄想に過ぎず、考えすぎなのだと諦めてター坊の後を歩きだす。
「そうだ、ター坊。 さっき話があるって言ったじゃない?」
「んぁ、あ~喰い終わった時のか」
「えぇ、なんだか私……不安で。 放課後、少し相談してもいいかしら」
「おう、いいぞ」
「良かった、ちょっとだけ気が楽になったかも」
「へへ、何のことか知らねぇけどよ、このター坊様に何でも任せときな!」
不可思議なことが身の回りで起こる非日常な一日。
その中で、ひと時の安心を得て、ヤガミンが午後の授業を終わらせるのであった。
続きます。




