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カミカクシ・その4

「もう……一体なにを騒いでるのよ、食事中なんだから静かにしなさいってば」


 食事が喉を通らないヤガミンが箸を置くと、机の向かい側にいるター坊へと視線を向ける。

 空になった食器を重ねて場所を作り、丁度新しい給食を持ってこようとしていたらしい。


 しかし、彼はキョロキョロと周囲を見渡し、その手にはあるべきはずのトレーが無い。


「だから! オレのお代わりが無いんだってば!!」


「はぁ? お代わりならクラヤミさんの席に置いておいたでしょ。 なに寝ぼけたこと言ってるのよ」


 そう言い放ち、ヤガミンは隣の席へで眠り続けるクラヤミの席を指す。

 もしも起きたら、彼女へ食べさせようと用意しておいたのだ。


 ところが、ター坊がキョトンとした目でヤガミンを見つめ返すので、不思議に思った彼女も自分の指先を追う。


「ほら、ここに……あれ?」


「んで、どこにあるんだって?」


「ウソでしょ、そんなはずは……」


 確かに最後尾に並んだヤガミンが二回も配膳(はいぜん)を取りに行ったはずだった。

 それは、配膳係だったガオルも見ているはず。


 だが、クラヤミの席に置いてあるのは、空っぽになった食器を載せたトレーだけ。

 まるで最初から何も入っていなかったかのように綺麗な状態である。


 それでも自分の勘違いではないと証明するため、すがるようにター坊の隣に座しているガオルへ目配せする。


「ん? そやなぁ、確かに委員長が持ってったはずやで。 知らん間に、クラヤミの奴が起きて喰ってたんちゃうか」


「え~、本当かよソレ? オレ、こいつが起きてるところ見てないぜ?」


「まぁ、それ言われると痛い所やな。 目の前おったのに、ワイも見とらんし……」


 流れでテキトウな事を口走ったのか、ガオルは申し訳なさそうにニット帽を被り直して目を逸らす。

 自分でもそんなはずは無いと理解しているのだろう。


 最後の頼みもこの様では、ヤガミンも立場が無い。

 仕方がないので、恐る恐ると隣で突っ伏しているクラヤミの肩を優しく揺らす。


「クラヤミさん、本当は起きてるの……? ねぇ……」


 声を掛けて少し間を開けるが、ピクリともせず微かに寝息を立てるのみ。

 相変わらず死んだように眠り続けており、やはり途中で起きたようには思えない。


 それを横目で様子見していたガオルだったが、クラヤミへ疑いの目を向けてしまったのが負い目なのか、わざと明るい声色で話題に(かじ)を取る。


「ちゅうことはや、まるで神隠(かみかく)しみたいに給食が消えたってことやな」


「カミカクシ……って何だ?」


 聞き慣れない単語を聞いて、ター坊は小首を傾げならガオルの言葉に耳を向ける。

 早速喰い付いたと、得意げな顔でガオルが言葉を続けた。


「カミカクシっちゅうんは、突然前触れも無く人や物が消えることやで。 『これはきっと神様の仕業やぁ』ってな具合でな。 まぁリモコン隠しとかの親戚らしいで、知らんけど」


「あぁ~ソレか。 寮のテレビのリモコンもしょっちゅう消えるもんなぁ」


「せやせや。 そういうこっちゃ」


 強引な話題逸らしでター坊を納得させると、ガオルはそそくさと食器を片付け席を立つ。

 そのままクラヤミの空になった食器も重ねて、配膳車へと戻しに行った。


 逃げたな、とクラヤミは勘付いたが、責めることもないため口を(つぐ)む。


 だが、上手く丸め込まれたとはいえ、腹の虫は正直。

 ター坊はまだまだ物足りなそうな顔で、ぶつくさと文句を垂れ始めた。


「あ~ぁ、オレはまだ腹八分目なんだぜ? これじゃ午後の授業は乗り切れねぇっての……」


「それなら、私の分も食べる? 少し口を付けちゃったけど」


「マジ!? いいのかよヤガミン!?」


「ええ、なんだか今日は食欲無くて……」


「そっかそっか、なら貰っちまうぜ! へへ、いただき~す!!」


 箸を付けたことも気にせず喜んでトレーを引き寄せると、ター坊は美味しそうにヤガミンの給食を食べていく。

 それが自分を受け入れてくれたみたいで、なんだか嬉しくなったヤガミンはクスリと笑って眺めていた。


 しかし、ふいにガオルの口にした言葉が頭をよぎり、不安が表情に現れる。


 『神隠し』……今朝、裏庭のお社でクラヤミに脅かされた件もあり、『神様』という言葉がどうにも気になってしまうのだ。

 今日一日を振り返ってみれば、どうにも不思議なことが立て続けに起こっている気がする。


 もしや、本当に(たた)られてしまったのだろうかと心配していると、そんな暗い気持ちをター坊の明るい声が掻き消した。


「ご馳走様~!! いやぁ喰った喰った!!」


「あんた本当によく食べるわね。 そうだ、ちょっと相談があるんだけど……」


「おっと、悪りぃ! 食後の運動してくるからまた後でな! 大根に水あげてこないと!」


「あっ……行っちゃった……」


 クラヤミが頼りにならない以上、怪異について相談出来そうな人物はター坊しか心当たりが無かったのだが、彼はそんな気も知らずにいつも通り教室を飛び出していく。


 結局、自分の考えすぎなのだと割り切ったヤガミンは、ター坊が残していった食器を片付けてクラヤミの世話をするのであった。

続きます。

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