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カミカクシ・その3

 その後も授業は進み、やがて全生徒が待ち望むお昼休みの鐘が鳴って、クラス中に歓声が上がった。

 先生が席を立つよりも早く教科書を机にしまうと、みんなが好き勝手に机を並べ変えて食事のグループを作り出す。


 5年生ともなると大抵は固定のグループが形成されており、いつものようにター坊やヤガミンが机をくっ付けていた。


「いぇ~い! 待ってました美味しい給食! もうお腹と背中がくっつきそうだぜ!」


「あんたねぇ……今朝は人の分まで食べておいて、よくもそんなに食欲が尽きないわね……」


「へへ、もっと沢山喰ってデカくならなきゃだしな! 来年にはヤガミンの背も抜かしてやるぜ!」


「はいはい、期待しないで待ってるわ」


「あ~!! おまえ、そんな余裕こいてると、本当に追い越すからな!」


 背丈でいえば、ター坊はまだヤガミンの胸元くらいまでしかない小柄な少年。

 たとえ成長期が来たとて、いくらなんでもそんな急に大きくはならないだろう。


 (はかな)い夢物語だと受け流していると、ヤガミンの後ろから声が掛かる。


「オアツイところ邪魔するでぇ、今日は一緒に喰おうや」


 聞き覚えのある独特の喋り方に気が付き振り向くと、そこにはニヤニヤとなにか企んでいるような含みのある笑みのガオルの姿。

 そして、彼の肩に寄りかかって今もなお爆睡しているクラヤミであった。


「ウソでしょ……クラヤミさん、まだ寝てるの……?」


「せやで、ほんま困っとんねん。 コイツ、図体ばっかりデカイもんやから、世話する身にもなれっちゅうに」


 いつもは一人でガツガツ早食いし、さっさと教室を飛び出していくガオルだったが、珍しく声を掛けた理由が一目で判明する。

 慌ててヤガミンも肩を貸すと、両脇を支える形でクラヤミを運び始めた。


「ほら、ター坊! ボサっとしてないでクラヤミさんの机持って来て!」


「おう、ちょっと待ってな! よ、ほっと、どっこいしょ!」


 委員長を任せれているだけあり慣れているのか、テキパキと周りに指示を出して場を整える。

 程なくして、ヤガミン達のくっ付けていあた島にガオルとクラヤミの机も合流していた。


 後は眠ったままのクラヤミの腰を下ろすだけだと、ガオルに目配せして息を合わせて力を入れる。


「せぇの、はい、と……それで、クラヤミさんの全然起きそうにないけど、給食どうするの?」


「せやなぁ、コイツこうなったら死んだように寝てまうし……夜型過ぎて、たまに吸血鬼かと思うでホンマ。 まぁ、飲み物だけ残しとけばええんとちゃう?」


「お、それならさ! 代わりにオレが喰うぜ!」


 席に下ろすなり突っ伏してしまったクラヤミの処遇を相談していると、横からター坊が手を挙げて割り込んで来る。


 欠席者がいれば配膳(はいぜん)は減るのだが、出席はしているためにクラヤミの分の給食も用意されてしまうのだ。

 滅多にないこのチャンスを逃す手はなく、早く大きくなりたいター坊が目を輝かせている。


 本来ならば、あまり特例を作りたくないヤガミンだったが、給食を残されるおばちゃんたちの悲しい顔が頭をよぎり、仕方なくと溜息をついて要求を呑むことに。


「本当に食べれるの? あとで気持ち悪くなっても知らないわよ」


「へーき、へーき! 今日のオレはブラックホールだぜ!」


「なによそれ」


 言っていることはよくわからないが、ともかくスゴイ自信だと、呆れつつも感心しながらター坊を見つめる。

 そんなヤガミン達に手を振って、ガオルはそそくさと席を外していく。


「ほんなら、クラヤミのこと頼んだで。 ワイ、今日は配膳係やねん。 ター坊と委員長にはたっぷりサービスしとくわ」


「おう、任せとけって!」


「あ、私はむしろ小盛でいいから」


「なんや、ダイエットかいな。 ガキがやっても身体ぶっ壊すでぇ、しっかり喰っとかんとアカンて」


「余計なお世話よ!」


 一言二言とデリカシーの無い言葉を放つガオルのケツを足蹴(あしげ)にして、さっさと行けと追い払う。

 おぉ痛い痛いと大袈裟におどけているが、あの様子だと絶対にわざと口を滑らせているのだろう。


 そしてトンボ帰りで、給食を詰め込んだ配膳車を元気に押して来た。


「ほ~れ、並べ並べ、早く並ばんと無くなるでぇ」


 割烹着(かっぽうぎ)にマスクをしていても騒がしい声は相変わらずで、よく通るその声にバーゲンセールのような人だかりが雪崩れ込んでいく。

 あまりに無秩序な列を叱りながらヤガミンが並べ直すと、ようやく彼女が最後尾へと回り込んだ。


「はぁ、まったく飽きもせず毎日騒がしいクラスなんだから……あ、今日はデザートにフルーツゼリーが付くのね……うぅん、でも、甘い物って太るし……」


 列の後方から献立を眺めていると、目に付いた甘味に反応する。

 だが、その目線は毒でも見るように、ふいと逸らして自分の太ももへと移る。


 そして、ぷに……と軽く摘まんで肩を落とす。

 先日ター坊に、大根脚だの重いだのと言われたことを気にしているのだ。


 寮にいるため、極端に偏った食生活はしていないはずだが、それでも客観的に見ると自分は太いのだろうかと心配になってきたわけである。

 そんな自分を安心させるため、デザートはきっぱりと断って、少なめに盛られた給食を席へと持ち帰った。


「いっただきまーす!!」

「いただきます」


 クラスが声を揃えて手を合わせると、それから一斉に(はし)を持って口へと運び始める。

 だが、ガオルとター坊は揃ってガツガツと掻き込むように食べるものだから、なんとも目に触った。


「あんたたち、もっとゆっくり食べなさいよ。 誰も()()()()しないんだから」


「甘いで委員長! 飯は無くならんでも、飯のタネは無くなるねん! 校内の特ダネがワイを呼んどるのや!」


「甘いぜヤガミン! ちんたら喰ってたら腹が膨れちまうだろ! こういうのは勢いで喰うんだぜぇ!」


「はぁ……なにを言っても無駄そうね……」


 諦めて自分も食事に戻るが、いくらも食べない内に満腹感が込み上げて来る。

 いつもなら余裕で食べられる量なのだが、どうにも箸の運びが遅くなってきた。


「どうしちゃったのかしら、私……?」


 不思議そうに自分のお腹を見下ろすが、腹の虫は息を潜めてうんともすんとも言いそうにない。

 そのまま進まない箸を止めて、やがて隣のター坊が完食する。


 すると、彼の口から素っ頓狂(すっとんきょう)に驚いた声が上がった。


「ない! ないないない! オレのお代わりどこ行っちまったんだ!?」

続きます。

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