カミカクシ・その1
それに、テケテケが棲み処としていた小さな異世界を暴いた時も、このオバケカメラは反応を示していたはず。
いずれも、写真に収めた後に怪異が現れ出していた。
これらを踏まえれば、自ずと今回の件にも繋がりが見えて来る。
「すると……この古い社に住まっていた何某が、解き放たれてしまったということでしょうか……!!」
クラヤミは恐怖よりも好奇心が勝っているようで、たじろぐことも無くジッと社の様子をうかがう。
しかし、いくら待てども、うんともすんとも言わず喋らず閑古鳥の幻聴が聞こえてきそう。
耳へ届くのは、裏庭の土を踏み締め遠のいて行くヤガミンの足音ばかりで変化はない。
「うぅん、オカシイですね……? この流れならば、新しい怪異が見られると思ったのですが……」
期待した分、肩透かしを喰らって落ち込むクラヤミが、恨めしそうに手元のカメラを睨み付ける。
しかし、当のオバケカメラの方は、脚をしまって元通りの黒いカメラとなり沈黙してしまった。
もはやこの場に興味が無いと言わんばかりに、先程撮ったヤガミンの写真を吐き出し、眠るようにレンズカバーが閉じられる。
「この子の勘違いだったのでしょうか? いえ、もしかしたら既に何処かへ……? だとすれば学校内で会えるといいのですが……」
せっかくのチャンスを諦めきれないクラヤミは、うんうん唸りながら首を回すと、何か思いついたのかカッと眼を開く。
「そうです、たしか図書室に郷土史があったはずです! 古くからある社について、何か手掛かりがあるかもしれません!」
思い立ったが吉日、こうしてはいられないと、クラヤミは急いで校舎へ小走りで向かっていく。
学校の生徒であれば、誰もが存在を認知している裏庭の社。
しかし、誰もがその意味も由来も、祀っているモノさえ知らない社。
記事にするには持ってこいの謎に満ちた対象なのである、何がなんでも知りたくて書きたくて仕方が無いと彼女を突き動かすのであった。
それが、たとえホームルームを忘れて遅刻しようと、たとえ寝不足でふらつく足取りであろうとも。
保健室で少しの間休憩していたヤガミンだったが、朝のホームルームが終わるころには頭痛も引いたので、保険医に礼を言ってクラスへ帰る。
そして教室の戸を開いた瞬間、まず彼女の目に飛び込んだのは、意外な光景であった。
「おはよう、みんな……って、ど、どうしたのクラヤミさん!?」
そこにはクラスの後ろにポツンと立たされているクラヤミの姿。
何か悪い事をした生徒は、時たまこうして晒し者のように反省させられているのだ。
通常、こういう処罰はター坊がやらされているのが常なため、おとなしい彼女のこうした姿はあまりにも珍しかったのである。
彼女の表情を窺おうにも、落ち込んだように俯いていて分からない。
今朝、社の前で分かれた後に、いった何があったというのか。
「お、ヤガミンじゃん! こいつさ、今は何聞いても無駄だぜ、立ったまま寝てるからな!」
「ター坊、あんたも立たされてるのね……」
背丈の大きいクラヤミで隠れていたが、声の出所を辿ってみれば、その影に見知った少年の姿があった。
いつもと違い、なにやら違和感があると思えば、彼の頭に大きなタンコブが目立つ。
「あぁ、なんとなく何があったか分かって来たわ……」
ヤガミンの予想では、おおかた水鉄砲事件の話が担任の大釜先生の耳へと入ったのだろう。
とはいえ、クラヤミが立たされているのは謎だったが。
「お~痛て……オカマ先生マジで怖かったんだぜ? ヤガミンがいきなり休むし、クラヤミも図書室にこもっててすぐに報告に来なかったもんだから、昨日のこともあってオカマ先生が余計に心配しててよぉ……」
聞いた話をまとめると、どうやら心配性の先生が気を揉み過ぎて、その反動がター坊へと降りかかったらしい。
昨夜の騒動でフェンスは落ちているし、床は掻き傷だらけだしで、相当に気が気じゃなかったに違いない。
生徒のことを想い過ぎる先生であるから、動揺するのも仕方ないだろう。
そんなところも愛すべき先生なのではあるが。
クラヤミの理由は分からなかったが、徹夜だったらしいので、もしかしたらこんな風に寝ていたのを見つったのだろうかと推察する。
「はぁ、クラヤミさんまで何やってるのよ……ともかく、ター坊の方は自業自得なんだからしっかり反省しなさいよ」
「だからって、ゲンコツは無しだと思わねぇか? たかが、あんな悪戯くらいでよぉ」
「あら、足りないなら、私のもあげようか?」
「ヒェッ!! 間に合ってまぁぁす!!」
ヤガミンの一言で、ビシリと姿勢を正してター坊が『良い子ちゃん』を演じる。
その様子に満足すると、ふらついたクラヤミを真っ直ぐに立て直してから席へと移った。
ホームルームの後は、しばらくすると一時間目の授業を教えに先生が来るはずだ。
それまでに筆記用具や教科書を用意しようと、鞄の中へと手を入れ探る。
朝は少し休んでしまったため、まだ鞄の中身を机に移せていなかったのだ。
「えっと最初は……あれ、無い……うそ、私としたことが忘れ物しちゃったの……!?」
ガサガサ何度も折り返して探してみるが、いくら引っ掻き回したところで、目的の教科書が見当たらない。
ただでさえホームルームを休んだというのに、これ以上は委員長として情けない姿は見せたくなかった。
その焦りが、彼女に顔に現れ、動悸が高まっていく。
「どうしよう……あれ?」
そんな時、ふと机の方を見ると、物入れの所から教科書の頭がハミ出していた。
いつの間に入れていたのだろうかと不思議に思ったが、ひとまず安堵して授業に望むことにする。
そして予鈴がなり、これ幸いと立たされていたター坊が隣の席へと戻って来た。
「おかえり。 次は『こくご』の時間よ」
「おっす、ただいま~っと。 えぇっと、こくごって赤い表紙のやつだよな? あれぇ、どこいったんだ……?」
「あんたねぇ、何でもかんでも机に入れっぱなしにするからそうなるのよ。 普段から必要な分だけ持ってくれば探す必要ないんだからね」
「だってよぉ、いちいち持って帰るの面倒じゃん! くっそ~見つかんねぇ!!」
ガサツで乱暴に机へ突っ込んでいるためか、度々紛失することも珍しくない問題児。
そんな彼の世話も慣れたものなのか、ヤガミンは溜息を付きながら机を寄せてやる。
「ほら、一緒に教科書見せてあげるから、寝ないでよ?」
「お、サンキュー! へへ、こくごの時間まで立たされるところだったぜ!」
続きます。




