カミオロシ・その2
口の減らない騒がしい少年が場を外し、残された女子二人は間を繋ぐように自然と口を開き出す。
「あの、そういえば……委員長さん、今日は髪をまとめてないんですね」
クラヤミがポツリと、ヤガミンの頭を見ながら話を切り出した。
いつも月見団子のように可愛らしいシニヨンカバーで包んだ髪型なのだが、なぜだか今日は全て髪を下ろして長い髪が風に揺れている。
「あぁ、これね。 はぁ……さっき、クラヤミさんが来る前なんだけど、あのお馬鹿にしてやられちゃって。 それでちょっとブチ切れたの」
「ははぁ、いつものやつですね」
『何を』と言わなくとも、クラヤミには何が起きたかすぐに察しがついた。
おそらくター坊が懲りもせずにスカート捲りをしたのだろう。
それが彼なりのスキンシップとなっており、クラヤミだって被害にあったこともあるのだ、他人ごとではない。
しかし、クラヤミは下着を見られたからといって動じない図太さがあるため、そこまで怒ることなく窘めるに留めていた。
記者の卵としてそれくらい図太く図々しくなければやっていけないだろうし、いまさら女の子らしく騒いだりする気も無い。
だがヤガミンはそうでもなく、とかくター坊の悪戯に関しては些細なことでも頭に来るようで、シニヨンカバーを結ぶ紐がしばしばブチ切れていることが日常茶飯事。
反応してもらえることが嬉しい年頃のター坊にとって、そんなヤガミンは絶好の的なのだろう。
いくら怒られたとしても、ちょっかいを出すのがやめられないらしい。
「本当に困ったものよね……」
そう嘆きながら、ヤガミンはスカートのポケットにしまっていたシニヨンカバーを引っ張り出す。
そのまま口に咥えると、髪を縛ろうと両手を後ろに回していた。
背中にまで垂れる長く透き通った髪。
生真面目な彼女らしく、手入れを怠らず細目にケアもしているのだろう。
同じ長髪でも、伸びるがままに任せているクラヤミとは天と地ほどの差があると直感的に理解してしまう。
そうやって彼女の所作を眺めていると、クラヤミはあることに気が付いた。
「ふふ。 委員長さん、なんだか楽しそうですね」
「んなっ……!?」
同じ女子としてター坊の蛮行に愚痴を零してくれるかと思いきや、クラヤミの口撃が狙う矛先は予想外にもヤガミンであった。
指摘されるまで、自分自身でも楽しそうな雰囲気を出していると気が付いていなかったらしい。
不意打ち気味に懐を突かれたヤガミンは呆気に取られ、咥えていたシニヨンカバーを落として口をパクパクと開閉する。
何か言い返そうとしても、さらに墓穴を掘りそうで言葉が出ないらしい。
「委員長さん、以前ならもっと眉間にシワを寄せるくらい怒ってましたから」
「そ、そうだったかしら……!?」
とぼけた声で答えつつも顔を真っ赤に染め、それをクラヤミに見られないように、ふいとそっぽを向いてしまった。
クラヤミはその仕草のどれもをつぶさに見逃さない。
新聞部で相棒をしているガオルのようなゴシップや恋模様を嗅ぎ回る趣味は無いが、それでも自慢の目の良さがヤガミンの図星を突いたのだと確信させる。
何かきっかけがあるのだとしたら、昨日の怪異騒ぎの時だろうか。
写真を撮ることに夢中になるあまり、二人とは行動を別にすることが多かったため、自分が知らない出来事があるとしたらソコしかない。
そんなことを考えながら、頭から湯気を上げるヤガミンをみつめてクラヤミがくすりと笑う。
このささやかな女子の秘密を胸の内の宝石箱へ丁寧に仕舞い込んでいると、穏やかな朝に響き渡る少年の声が近付いて来た。
「おりゃおりゃ~! どいたどいた! お水様のお通りだぜぇ~!!」
声の方へと目を向けると、頭の上にバケツを載せたター坊がこちらへ向かって駆けている。
脚の短い分、振動が少ないのか、だいぶ無茶に見える体勢でも器用にバケツを持ち運べていた。
とはいっても、考えなしに満杯まで入れたバケツからはバシャバシャと水が跳ねて、彼の肩はびしょ濡れだったのだが。
そして何より目を引いたのが、彼の後ろを追従するダイコンランの姿だろう。
なんと、あの小さな身体で一生懸命ジョウロを担いでいるのだ。
ジョウロの方はクラヤミも見覚えがあるので、きっとクラスで使っている物に違いない。
今朝の水やりでダイコンランの復活を発見したとのことから、もしかしたらソレをそのまま持ってきたのかもしれない。
「よっとと、おっし! 到着ぅ!! 大根、お前も中々もやるな!」
「お疲れ様ですター坊さん。 ダイコンランさんも働き者で素晴らしいです!」
まだ見ぬ怪異の新しい一面を目にして、クラヤミは我慢できずにカメラを取り出しシャッターを切る。
被写体のダイコンランは、最初こそ照れくさそうにモジモジしていたが、一枚二枚と撮るごとにポーズをキメだし、あっという間にモデル歩きでしなを作っていた。
「ちぇ~、なんかオレとの扱いが露骨に違くね? なぁ、ヤガミン……ヤガミン?」
返事がないことを不思議に思ったター坊がヤガミンに近付くが、まだ頭の熱が引いてない彼女は弱みを見せまいと身体を背ける。
それをター坊が面白がって、グルグルと追いかけ回すが、頑なに顔を見せようとしない。
こうなって来ると、ター坊だって意地でも振り向かせてみたくなるもの。
手を変え品を変え、押して駄目なら引いてみよとアレコレちょっかいかけていく。
「お~い、ヤガミンよ~い、き・こ・え・て・ま・す・かぁ? にっししし、絶対こっち見ないつもりか! それなら……お、湯気出てんじゃん。 丁度いいや、暑いんだろ、ほれ、水鉄砲発射!」
持って来たバケツに両手を突っ込むと、手を組んで輪っかを作り、ギュッと押し込んで水を飛ばした。
寮のお風呂で練習しているので、相当な飛距離を誇っている。
その証拠に、線を描いて飛び出したバケツの水は、ヤガミンの頭へと見事命中したのだから。
「へへぇ、どんなもんよ!」
「あの……ター坊さん、流石にそれはやり過ぎかと……」
文字通り頭が冷えたヤガミンは、火照った気持ちも冷え切り、冷静で冷徹に冷酷な表情でキラリと眼鏡を光らせながら振り返る。
「ター坊……あんたねぇ……!!!」
続きます。




