ダイコンオロシ・その2
その見覚えのある人型の大根を訝し気に観察していると、突然電源が入ったようにバタバタと暴れ出すした。
「きゃぁ!? 動くってことは……本物なの、これ!?」
「そうだぜ! さっきの騙し討ちもコイツのおかげってわけ! ちゃんとオレ達のコンビーフも健在なんだ、すげぇだろ!」
「それを言うならコンビネーションね……でも、昨日消えたんじゃなかったの? いったい、どうなってるのよ?」
自分が注目の的になっていると理解しているのか、怪異のダイコンランは照れたように黒い髭根を弄り回す。
この妙に人間臭い意思を持った様子から、やはり昨日の怪異と同じ個体なのだろう。
少なからずヤガミンも一緒に逃げた仲であるため、ター坊の言葉に変な納得感を得てしまう。
そんな興味を持ち始めたヤガミンをニヤニヤと見つめながら、ター坊はもったいぶったように腕をゆっくりと上げて指差した。
その指し示す方向を追って、彼女が目を向けると、ター坊が任されている裏庭の菜園へと当たる。
「にしし、知りたいか? コイツさ、昨日水やりしてたら見つけたんだけどよ、実は今日も見に行ったら同じところにまた埋まってたんだぜ! これって喰い放題ってことだよな!」
「えぇ……どんどん食べちゃダメそうな要素増えてるじゃない……それに、あのテケテケが食べた時だって様子がおかしくなってたのよ?」
「ヘーキヘーキ、ヤガミンは気にし過ぎだって。 お前もちょっと喰ってみろよ、結構イケるんだぜ?」
「いい、遠慮しとく……例えどれだけ美味しくたって、動いてる物を口に入れる気はないわ……」
昨日の様子から、どれだけ身体を齧られても痛そうな素振りを見せなかったので、やはり植物らしく痛覚というものが無いのだろう。
それでも、倫理的な問題があるような気がして、どうにも手を出そうとは思えなかった。
しかし、そんな厭そうな眼をするヤガミンに対し、当のダイコンランは必死に自己アピールのセクシーポーズを取って誘っている。
なんとも自己主張の激しくナルシストな大根だが、そこまでして喰われたがっているのもヤガミンに不信感を与える一因であった。
なにせ、如何にも裏がありますと言っているようなものだから。
「それにしても、一夜で復活するなんて……本当にオバケってどうなってるのかしら? 確か昨日もクラヤミさんが言ってたけど……」
「オバケは死なない、ですよね?」
「そうそう……って、ヒャァ!? クラヤミさん!? いつの間に!?」
「お、クラヤミじゃん! 朝に会うなんて珍しいな!」
背後から消え入りそうな、まるで幽霊みたいにか細い声が挟まったかと思い振り返ると、そこにはゆらりと佇む女生徒クラヤミの姿。
あまりにもその気配を感じさせなかったために、不意打ちを受けたヤガミンは心臓が喉から飛び出そうになるほどに竦み上がってしまう。
「はぁ、実は昨日の興奮のままに記事を書いていたのですが、気が付いたら朝になっていまして。 とりあえず部室で仮眠しようと思ったところで、皆さんの元気な声が聞こえてきたものですから……」
一睡もしていないためか、そう言うとクラヤミはフラフラと貧血のように腰を落とし、古ぼけた社の基礎に座り込む。
よく見ると、目の下には酷いクマが色を付けており、ただでさえ色白の肌もダイコンランに負けないくらい血の気が引いている。
「ちょ、ちょっと大丈夫? 朝ご飯は食べた?」
「いえ、朝は食欲が出ないもので……」
「そういやオレも喰ってねぇや。 朝飯前に水やっとこうと思って、そっからずっとコイツと遊んでたし……あぁ、思い出したら腹減ってきた~!!!」
「ハァ、そんなことじゃないかと思った。 ほら食堂のおばさんにお弁当貰ったから、皆で食べましょう? クラヤミさんもほら、少しは口にしないと身体に悪いわよ」
ヤガミンが手に下げていたバスケットを開けると、三角に握られたおにぎり入りのタッパーが顔を覗かせる。
主食と副菜は別々にまとめているらしく、もう一つのタッパーも下から出てきて三人の間に広げられた。
「すげー! 食堂にこんな裏技あったのかよ、多めに作ってもらえば毎日早弁できるじゃん!」
「こら! そういう悪い事すると、おばさん達困っちゃうでしょ! 私が同じクラスのうちは絶対にやらせないから!!」
「うへぇ……軽い冗談じゃねぇかよ、そんな噛みつくなってヤッカミン」
「ヤ・ガ・ミ・ン! これはヤッカミじゃなくて注意でしょうが!」
「ふふ、お二人とも朝からお元気ですね」
ター坊とヤガミンの夫婦漫才を肴に、クラヤミはポリポリと黄色い沢庵を齧る。
目の覚めるような強い塩っ気で、一口食べれば唾液が止まらないと食堂でも評判の一品。
朝の食欲が沸かないクラヤミのような子には、これがないと朝食が始まらない必需品なのである。
「あ、いーなー! オレも沢庵いただきぃ! そういや、沢庵って大根だったよな? なら、コイツも沢庵にしてみっか?」
ふと、ター坊は名案だとばかりにダイコンランを持ち上げ、黄色い沢庵と並べて見比べる。
「あんたねぇ、そんなの見せたら、おばさん達が気を失っちゃうから止めときなさいよ。 ねぇ、もしかしてクラヤミさんもこのオバケ食べたいって思ってる?」
「私ですか? うぅん、確かに食レポを記事に載せたいですが、止めておきましょう」
「え~? お前までそんなこと言うのかよ! コイツまじで美味いんだぜ? 喰えば分かるのによぉ……」
女性陣から軒並みNGを喰らい、ダイコンランはター坊の手からずり落ちてながらショボンと両手をついて崩れ落ちる。
そんな怪異を慰めるように、ター坊がその背中を優しく手で摩っていた。
口の無い物言わぬ怪異であるが、その全身から落胆ぶりがこれでもかと語られている。
「あの、気を悪くしないでほしいのですが、味を疑っているわけではないんです」
「もしかして、やっぱり毒……」
「馬鹿言うなよヤガミン! 毒があったら、とっくにオレが死んでるだろ!」
ヤガミンがずっと懸念していた毒問題。
その話題を持ち出され、すかさずター坊がダイコンランと肩を組んで猛抗議する。
「いえ、恐らくですが、そういった致死性の毒ではないかと。 記事を書いている時に気が付いたのですが、毒の効果は知能の低下、あるいは混乱状態になるのではないかと」
「知能の低下……あぁ、そういうことね! つまり、ター坊は馬鹿だから変わらないんだわ!」
「なんだそりゃぁ!! オレがそんなに頭悪いってのかよ!!」
「当たり前でしょ」
「はい……」
「ぐぬぬぬ、チクショォォ!! もがもががー!!」
「ちょっと、皆の分も考えて食べなさいよ!!」
口をそろえて即答する女子達。
ここまで断言されると、ター坊としてもぐうの音も出ず、不貞腐れた様におにぎりをガツガツと頬ぼるしかないのであった。
続きます。




