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ダイコンオロシ(挿絵)

 テケテケの事件から夜が明けて、いつもよりも早めに朝の支度を終えたヤガミンが寮を出る。

 その手には、まだ温かさを残すバスケットが揺れていた。


 寮の朝食はバイキング形式なのだが、希望すればこうしてお弁当を持たせてくれるのだ。


「あいつ……食堂に居なかったし、もう学校かしら」


 隣同士の敷地とはいえ、寮と学校はそれなりに離れている。

 その敷地を真っ二つに割る道路の信号を待ちながら、クラスの水やり当番のことをぼんやりと思い浮かべていた。


「元気、無さそうだったけど……」


 昨日の事件、学校を騒がせた怪異はなにもテケテケだけに留まらず、大根走(ダイコンラン)という歩く大根のオバケまで出現していたのだ。

 ヤガミン達を助けてくれた良い怪異であり、特に水やり当番ことター坊に懐いていて、また彼もダイコンランを気に入っていたように思う。


 しかし、そのダイコンランは力を使い果たし消滅してしまった。

 それこそが、ター坊の消沈してしまった理由である。


 そんな彼を案じ、ヤガミンは様子を確かめようと静かな学校へ踏み入れた。


 正門から見上げた大時計は、まだ登校時間よりも1時間は早い。

 鍵こそ開けられているが、こんな時間に登校するのは限られた生徒と用務員さんだけだろう。


 余裕をもっての登校を心掛けるヤガミンだが、こんなにも早く来るのは初めてである。

 新鮮で冷たい空気を胸いっぱいに吸いこみ、校舎を回って裏庭へと進む。


 その途中、用具置き場に立ち寄り、バケツにタワシを突っ込んでバスケットとは反対側の腕へと引っ掛けた。


「別に、あの馬鹿が心配なわけじゃないし……ただの掃除のついでだから」


 誰に言うでもなく、一人言をポツリと呟く。

 もしかしたら、それは自分自身への言い訳だったのかもしれない。


 そのままチラリと用具入れを見渡すと、クラスで使っているジョウロがどうも見当たらない。

 誰かが返し忘れているわけでなければ、きっとター坊が先に来ているのだろう。


 それを察し、少しだけホッとしたようにヤガミンの頬が緩む。


「確か、手入れされていないお(やしろ)があったわよね」


 建前としては、ボランティアの掃除に来ただけ。

 なので、まずはそちらの方へと脚を向けた。


 散水栓から水を汲むと、菜園の手前にひっそりと佇む社を探し始める。

 そして、ただでさえ草木の多い裏庭の、さらに雑草が繁茂(はんも)鬱蒼(うっそう)とした場所にそれはあった。


 いつからあるのか誰も知らないし、気味悪がって誰も近付こうともしない謎多き社。

 木製の建材はどこも苔むし、長年その場に居座って来た貫禄を感じさせる。


「うぅん……これは、根気が要りそうね」


 軽い気落ちで来てみたが、予想以上に手強そうな相手に、少々後悔混じりの言葉を零す。

 そんな現実から目を逸らすように視線を菜園の方へと動かすと、水やりに来ているはずのター坊が見当たらなかった。


 おかしいなと小首を傾げ、ヤガミンはキョロキョロ辺りを見渡し、彼の姿がないかと動かしていく。

 すると、少年の楽しそうな笑い声が何処からともなく耳へと届いた。


「ター坊……?」


 音源はハッキリしないが、それは菜園から雑草地、それから近くの草むらへと徐々に接近しているのだけは分かった。

 そして、遂に後ろの木陰の方から、草を掻き分けて駆け寄る気配を感じ取る。


「隙ありッ! 必殺、神風スーパーターボでぇい!!」


「毎回毎回、同じ手にそう何度も引っ掛かるわけないでしょうがッ!!」


 長年の腐れ縁で、声を聴かなくたって反応出来ただろう。

 ヤガミンは咄嗟(とっさ)にスカートを押えながら、その場を飛び退き振り返る。


「えっ、あれ……!?」


 しかし、そこには誰もおらず、さわさわと風に揺れる雑草だけが視界に広がっていた。

 足元を擦るような確かな感触があったのだが、気のせいだったのたろうか。


 そう思い始めた瞬間、ヤガミンのスカートの後ろ側が盛大に(めく)れ上がって天になびく。


「キャァァァ!!」


「にっしし! オレを出し抜こうなんて甘いぜヤガミン! そのイチゴパンツみたいにな!」


「こんの……」


「んぁ?」


 まんまとフェイントを喰らい、ター坊の悪戯をモロに受けてしまった。

 そんなヤガミンは(うつむ)きながらスマホのマナーモードみたい身体を震わせ、絞り出したような声が漏らす。


 ふつふつと煮えたぎる彼女の怒りは喉元を越え、湯気立つ頭が電気ケトルのよう。

 生徒達から『堪忍袋の緒』と(ささや)かれる、彼女のトレードマークのシニヨンカバーがブツリと音を立て、結ばれていたリボンが遂に切れてしまった。


 そこから(せき)を切ったように声を張り上げ、怒涛の勢いで彼女の右手が唸る。


「お馬鹿ァァァ!!!」


「ぶべぇっ!?」


 もはやお約束となったビンタが炸裂し、ター坊は左頬を起点にきりもみ回転で崩れ落ちていった。

 そのままドサリとボロ雑巾のように地面へ突っ伏し、レモンでも絞るみたいに転げまわる。


「ふんっ! そんなに見たければ、一生地面でも見てなさい!」


 そしてゴミを見るような眼差しでヤガミンが見下していると、彼のその手におかしな物があることに気が付いた。


「ちょっと、ター坊! あんたが持ってるそれって……!?」


「お~痛てて、これか? へへ、驚いたろぉ~!」


 むくりと起き上がり、彼は自慢げに握りしめた()()()()()を見せびらかす。

 それは、昨日消滅した『ダイコンラン』に瓜二つの姿であった。

挿絵(By みてみん)

続きます。

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