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テケテケ・その12(挿絵)

挿絵(By みてみん)

「いいえ逃げませんとも! あぁ素晴らしい! 大迫力! 緊迫感! これ以上無いほどのシャッターチャンス!」


 クラヤミがその言葉を皮切りにしてカメラを切ると、薄暗くなってきた夜景に合わせて、最大限の(まばゆ)いフラッシュが()かれた。

 それは獲物を品定めしようと血走らせ見開いた怪異の両目へ、容赦なく刺し貫かれていく。


「ギャァッ!?」

「アァァ、目がぁ!!」


 上下の身体で神経が繋がっているのだろう、クラヤミの方を見ていたテケテケの目が感光で焼かれると、ター坊達を睨み付けていた上の頭までもが目を白黒させて悶え苦しむ。

 その異変に気が付きター坊が目を開けると、一時的に動きの止まったテケテケが大口を開いて叫んでいるところであった。


「ラッキー! こっちもチャンスだ! 頼むぜ大根脚! 飛んでけー!!」


 (かじ)られて(えぐ)れた部分を支点にしてダイコンランを半分に折ると、葉の付いていない側をテケテケの口へ目掛けて放り込む。

 奇跡的な幸運がとんとん拍子に重なり、興奮状態の怪異は反射的にそれを噛み砕いて飲み込んでくれた。


 すると、ター坊が最初にダイコンランを口にした時と同様、テケテケは(もだ)(うめ)きながら血の気の引いた真っ青な肌に変貌していく。

 よほど苦しいのだろう、鋭い爪が自分の肉を貫くのも構わずに(のど)()きむしり、錯乱しながらのたうちだす。


「おぉ!! なんかよく分かんねぇけど、効いてるっぽいぞ!!」


「ねぇ、やっぱりその子、有毒だったんじゃないかしら……?」


 しかし、一向に事切れる様子は無く、それどころかおぼつかない足取りで立ち上がり、手当たり次第に爪を振り回し始めてしまう。


 幸運だと思っていたのも束の間。

 相手の狙いが分かり難くなったぶん、この暴走した状態の方がはるかに質が悪く、状況はさらに悪化したと言ってもいいだろう。


「どわぁぁ!! 危ねぇ、ヤガミンこっちだ! 逃げるぞ!!」


 出鱈目(でたらめ)に爪を振り回すテケテケから遠ざかるため、ター坊はすぐさまヤガミンの手を引いていき、フェンス沿いを辿ってなんとか出入り口付近まで避難できた。

 だが、ター坊達が出入り口へと転がり込むまであと少しというところで、カメラを構えたクラヤミがさらに注意を惹くような声を上げてしまう。


「素晴らしい! また新たな一面が! これだけで一面書けますよ!」


「ちょっと、クラヤミさん! これ以上刺激しないでー!!」


 テケテケは目が見えていないのか、勢いよくぶつかったフェンスに手を掛け、紙でも破くようにザックリと引き裂いた。

 だが、それが血肉の感触でないと分かった途端、鋭い爪を振るって身体を回す。


 白眼を剥いているテケテケだが、なぜか正確に、そして間違いなく子供たちの方向へと狙いを定めた。


「ウゲッ!? こっち見えてるのか!?」


「きっと声よ、音で私達の居場所が分かるんだわ!」


「そっか、アイツ四つも耳あるもんな! よしお前ら、絶対喋るんじゃねぇぞ!!」


「もう遅いわよ、おバカ!!」


 二人が言い争っている間にも、言葉にならない奇声を上げて暴れるテケテケは、屋上出入り口へとその凶器のような爪を伸ばす。


 それはまさに二人が逃げ込もうとしていた進路。

 このまま進めばあの怖ろしい爪の餌食だと判断し、ター坊達はトンボ返りで来た道を引き返す羽目になった。


 そして槍のように真っ直ぐ差し出された二本の腕は、丁度、出入り口を挟み込むようにコンクリートの壁へと突き立てられる。

 そのまま勢いよく引き抜くと、白い壁面がボロボロと崩れて瓦礫(がれき)が足元を埋めていった。


「うぉぉい!? 大丈夫かよクラヤミ!? 生きてるか!?」


 ター坊達の位置からでは、テケテケの身体で遮られて出入り口の奥が見えない。

 最悪の事態が頭をよぎり、恐る恐ると心配していると、奥の方から聴き馴染んだ喜々とした声が返って来る。


「はぁぁぁん! 素晴らしい! これほど間近で撮れるチャンスはありませんよ!」


「……大丈夫そうね、クラヤミさん。 それより、なんでよりにもよって出口を塞いじゃうのよ、あのバケモノ! これじゃ一生鬼ごっこするだけじゃない!」


「いや、逃げ場所なら新しく出来たぜ!」


「は? ウソでしょ、まさかそれって……」


 やけに自信満々にター坊が胸を張る。

 こういう時、彼がろくな考えを思い付いた試しがない。


 腐れ縁でこの5年間も同じクラスだったヤガミンが、なんとも(いや)そうな顔でター坊の視線を追う。

 その先には、無残にも紙屑同然で引き裂かれたフェンスがプラプラと(めく)れ、今にも外へと落ちるところであった。


 そしてまさに、フェンスだった物がブツリと音を立てて離れると、しばらくの無音を経てガシャンと小さな遠い音が響く。

 これだけでも、下を覗かなくたって相当な高さがあると伝わって、ゾワゾワと地に足着かない嫌な気分にさせてきた。


「あれって、さっき壊されたフェンスじゃない!? ここ3階の屋上なのよ!? 馬鹿なこと言わないで!!」


「へへ、いつものオレだったらそうかもしれねぇ。 けどな! 今は大根パワーで力がモリモリ、イケる気がする、いや絶対にイケる!!」


「そんなこと言ったって……キャァ!? アイツ、またコッチ見てるわよ!?」


 目が頼れない状態では、瓦礫の先に籠るクラヤミが襲えないと諦めたのだろう。

 テケテケはもう一つの声、ター坊達の方へと獲物を変えていた。


「あーだこーだ、難しいこと考えてる時間は無さそうだな、ヤガミン!」

続きます。

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