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テケテケ・その11

 今いる教室棟は3階建て、学年ごとに階が割り振られており、3年生までの下級生棟とそれ以上の上級生棟が連立している。

 この屋上はヤガミン達のクラスを経由したので上級生棟だ。


 フェンスで囲われた外景へ目をやると、その格子の奥に隣の下級生棟が見えている。

 だがそのままグルリと視界を回しても、行く手を(さえぎ)るフェンスはどこまで続き、とても抜けられそうな道は無い。


「ぜぇ、はぁ……っしゃぁ! 着いたぞ大根! 次はどうすんだ!?」


 キョロキョロと周囲を確認しながら、両腕で抱えていたヤガミンをそっと下ろす。

 そして握っていたダイコンランを顔の前に持ってくると、ター坊はその怪異へと問い掛けた。


 口無し顔無しの大根であるため、その意思を読み取ろうと、じっと睨み付けるように一挙手一投足を観察。

 おずおずとソレが動き始めたかと思うと、肩をすくめながら両手を天に仰いでいた。


 まるで持っていた(さじ)を投げるかのような仕草であり、ご丁寧に首のない身体を横へ振ってまで意思を訴えて来る。


「んーと、なんだこりゃ。 阿波踊(あわおど)り、じゃなくて……あぁ『分からない』ってことか!」


「わ、分からないって、どういうこと!? これじゃ完全に無駄足じゃない、どうするのター坊! 出入り口はそこだけなのに、もうすぐバケモノが来ちゃうのよ!?」


「え、あ~、ん~……どうすっかなぁ……」


「ウソでしょ!? もう終わりなの!? 私達まだ小学生なのよ!? こんなところで人生お終いなんてあんまりだわ!!」


「おいおい、まだアイツが来るって決まったわけじゃ……」


 噂をすれば影が差す。

 ター坊が口を滑らせた拍子に、出入り口のドアから悲鳴のようなひしゃげる音が上がった。


 わざわざ振り向かなくとも、その存在感が後ろから聞こえて来る。

 ギィと裂かれる金属の音、荒く息を吐き出す二人分の呼吸。

 

 ヤガミンとター坊は、互いに(ほほ)を引きつらせた空笑いで顔を突き合わせると、ゆっくりと首を動かし横目で正体を確認する。


「ま、まさかよね……」


「へ、へへへ……」


 (わず)かな望みも絶つかのごとく、無情にもその視線の先にはしっかりとギラついた目を光らせるテケテケの姿。

 よほど興奮しているのか、口の端には泡を溜めて、ますます獣のような相貌(そうぼう)(てい)している。


「まぁ笑っているわ、頭を足すのがそんなに楽しみなのかしら?」

「まぁ笑ってるのね、頭を足すのがとっても楽しみなんだわ」


 万事休すのこの状況、ウソでも笑ってなければ正気を保てない。

 だが、それを曲解したのか、遂に追い付いてきたテケテケは嬉しそうにター坊達へとにじり寄ってきた。


「じょーだんキツイぜ!! 楽しみなもんかよ、馬鹿野郎!!」


「キャァァァ、来ないで、私なんか食べても美味しくないわよ!! 食べるなら……あら、ター坊、その子……」


 イヤイヤと首を振って泣き叫んでいたヤガミンが、ふと、ター坊の手へ収まるダイコンランに目が留まる。

 さっきは諦めた様子であったのに、テケテケが現れてから急に何かを訴えているのだ。


「はぁ? なんだよ、それどころじゃねぇって……」


 少年たちは今、獰猛(どうもう)な熊と対峙しているようなもの。

 少しでも目を離せば、すぐにでも襲われかねない一触即発なのだ、余所見(よそみ)している暇など無い。


 かといって、一度目についてしまったのだから気になって仕方がない。

 ヤガミンはダイコンランの動きをつぶさに観察し、その意図を瞬時に読み取った。


「なら、そのまま聞いて! この子、自分をアイツに食わせろって言ってるみたいよ!」


「それ本当に合ってるかよ!? アイツに食わせたら、もっとパワーアップしちまうじゃん!?」


「だって、そうとしか見えないだもの! 他に手は無いんだし、いいから試してみなさいよ!」


「無茶言うなっての!!」


 言われて実践できれば苦労はしない。


 テケテケの目的はどう見たって、食べるためではないのだ。

 ここにいる二人を繋いで、自身と同じようなバケモノを産みだそうとしているに決まっている。


 そんな相手に、どうやって大根を食べてもらうことが出来ようか。

 実現できないのなら無策と一緒、結局じりじりと間を詰めて来るテケテケを前に成す術無しであった。


 もうだめか、そう思ってギュッと目を(つむ)った瞬間、屋上の出入り口から聞き慣れた声が届く。


「ぜひゅー、はひぃー、やっと……やっと追い付きました怪異さん!」


 目を閉じていても、こんな時に嬉しそうな声を上げる奴は一人しか浮かばない。


「もしかして、クラヤミか?」


「クラヤミさん、来ちゃ駄目! 逃げて!!」


 身の危険や恐怖よりも、スクープへの執念(しゅうねん)が勝っているのだろう。

 憑りつかれたような正気とは思えない眼で、クラヤミは一心不乱にファインダーを覗き込んでいる。


 逃げも隠れる気も無ければ、彼女は声まで発してしまったのだ。

 獣のように這いつくばるテケテケも、当然後ろ側についた頭が彼女を捉えてしまう。


「これで頭が三つ、これでは余っちゃうわ」

「これで頭が三つ、なら新しい頭も探してあげなくちゃ」

続きます。

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