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テケテケ・その10(挿絵)

挿絵(By みてみん)

 ヤガミンの悲鳴を呼んだ奇妙な大根、それは先程までの沈黙がウソのように、身振り手振りで何かを必死に訴えていた。

 短く指の無い腕を伸ばして、自慢の黒ヒゲと真っ白い肌を交互に指し、そのまま喉元から腕を下げてを繰り返す。


「あぁ、コイツは良い大根だから気にすんな。 しっかし、コイツ何が言いたいんだ? オレ、クイズ苦手なんだよなぁ」


「うぅん……もしかして、食べて、飲み込めってことじゃない……?」


「お~、なるほど。 クラヤミが毒あるかもとか言ってたけど、まぁ他ならぬ大根が喰えってんなら、ンガァ」


 ヤガミンの助言を得ると、言うが早いか、あんぐりと大口を開いてダイコンランの胴体へ歯を立てる。

 それを横で見ていたヤガミンは、信じられないと息を呑み、慌てて彼の頭を叩きながら制止した。


「ちょっと、あんた正気!? 本当に毒があったらどうすんのよ!! だいたいオバケを食べるとか、ダメに決まってるじゃない!!」


「あだッ!? 痛ッてぇな、ボリ、何すんだよ、ボリボリ……」


「きゃぁ!! 食べちゃってる!! 今すぐ吐き出しなさい、ほらペッって! 毒が回らないうちに……」


「ング、ザンネ~ンもう飲んじゃったもんね」


 頭を叩かれた衝撃でガッツリと大根を(かじ)り、ター坊は口いっぱいに頬張(ほおば)った生野菜を胃へ納めていた。


 一日も経たず成長したにしては瑞々(みずみず)しくて歯ごたえ抜群、しっかりと冬の寒さに耐えた物にも引けを取らず、ター坊もペロリと唇を舐めて上機嫌。

 走り回ってカラカラのスポンジみたいに乾いた身体へ、たっぷりと水気を含んだ大根がよく染み込んだ。


 そうやって水分補給を済ませたところで、ター坊の顔が急に青ざめ、喉が詰まったかのように(うめ)き声を上げ始める。


「ウグッ、う……うぅ」


「ほら言ったじゃないの!! あぁもう、バケモノに追い付かれちゃう! どうするのよ馬鹿ぁ!!!」


 引っ張られていたはずのヤガミンの手は、いつの間にかター坊を引く形へ逆転。

 ただでさえお荷物になっていた彼女の速度よりもさらに脚が落ちていく。


 そして今度こそテケテケが手が届く範囲にまで追い付き、獣のような姿勢を起こして鋭い両爪を大きく振るう。


「イヤァァァ!!」


「う、う、うぉぉぉ!! なんか力が(みなぎ)ってきたぜぇ!!」


 少しの間、ぐったりと病人のように力の抜けていたター坊だったが、叫び声と共に活気が溢れだす。


 勢い付けたガッツポーズと共に、ヤガミンと繋いでいた手を外し、そのまま彼女をお尻の方からすくい上げた。

 いわゆるお姫様抱っこというヤツである。


 これで脚の速さを合わせる必要が無くなり、元気を取り戻したター坊の再加速により、テケテケの爪をギリギリで掻い潜ることができた。


「きゃ!? な、なに!? どうしちゃったのよ!?」


「ニシシシ、大根パワーだぜ! よく分かんねぇけどよ、身体の底からスッゲー馬鹿力が湧いてくるんだ!」


 少年の小さな身体のどこにこれほどの力が眠っていたのか、あるいは本当に怪異を喰らった効果なのか。

 ヤガミンを軽々と抱えたまま、目の覚めるような速度でテケテケを大きく突き放し廊下を突き進む。


 そんな、窮地(きゅうち)を救ったヒーローとも言えるほどの活躍からか、腕の中で丸まるヤガミンは顔を真っ赤にしながら、なんだかいつもよりも頼もしい少年へ熱い視線を送る。


「もう、本当に馬鹿なんだから……」


「あん、なんか言ったか? それよりお前さ、もうちょっと痩せた方がいいんじゃねぇの? 大根脚(だいこんあし)が重くてかなわねぇよ」


「……この、おバカァァァァ!! ちょっとはデリカシーってものを学びなさいよ!!!」


 今度は怒りで顔を真っ赤に染めるヤガミン。

 その彼女の口よりも先に動いた手が、ター坊の頬をバチンと痛々しい音を鳴らして紅葉を浮かべ、餅のようにプクリと腫れ上げていく。


「ボヘェ!? はんへほうなるんはよ(なんでこうなるんだよ)……」


「それより、あんたの持ってるソレ、また何か伝えたいみたいよ?」


「ほぇ?」


 でっぷりとした身体に半月型のクレーターが(えぐ)れたダイコンランだったが、その両腕を何度も上へ上へと元気に指していた。

 生物と違い、怪異は身体が多少欠損したところで痛くもかゆくもないらしい。


「上か! 今度は分かるぜ! よっしゃ、掴まってろよヤガミン! 揺れるぜぇ!!」


 廊下の突き当りまで来ると、階段へ駆け込み、ひとっ跳びで三階に登り、それでも腕を下げないダイコンランに従いさらに上へと目指す。


「どこまで行く気よ!? このままだと屋上じゃない! あそこは何処にも逃げ場なんてないのよ!?」


「オレが知るか!! 大根が行けって言ってんだ、文句はコイツに言え!!」


 階段をグルグルと駆け巡っているからか、後ろにいたはずのテケテケは視界に入らない。


 だが、それでも激しく床を掻く音が響き渡り、その恐ろしい存在を強く主張していた。

 流石に二人分の体重でバタバタと走るからだろうか、まったくコチラを見失う気配が無く執拗に迫りくるのを肌に感じる。


 案内しているダイコンランの目的は分からないが、少なくとも階段を使って()くつもりではないのだろう。


「ちょっと、ドア、ドア!!」


「しゃらくせぇぇ!!」


 屋上が見えて来ると、締め切られた扉を豪快に蹴破り、風の当たる屋外へ躍り出た。

続きます。

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