ナナフシギ・終
どうにも不可思議な現象。
現像時には特に不備はなかったはず、あればその場で気が付くだろう。
つまりは、時間が経ってこうなったということになる。
「うぅん、やはり……この写真、どうも普通ではないようですね……」
インク汚れを拭うためのウェットティッシュで軽く拭き取ろうとも試みたが、やはり駄目。
ティッシュには、インクはおろかガサついた凹凸の感触すら伝わってこない。
写真の表面は新品同様に綺麗であることが証明されてしまった。
「となれば、何か……怪異の力が働いているのでしょうか……?」
ふと思い当たると、並べていた写真に目が奪われる。
不思議な怪異達、彼らを写真に写す際、必ず法則性が現れるからだ。
それは写真の縁枠の白い余白に、怪異の名前と思われる文字が印字されるというもの。
通常の写真にこれは生じない。
クラヤミが逢魔時計で拾った不思議なカメラが識別しているのか、どういう仕組みなのかそうなっているのだ。
「ですが、それらしい名前は浮き出ていませんし……」
彼女の姿がおかしくなっている件の写真。
そこの余白には、白一色で何も記載は見たらない。
まだ、怪異の正体を掴めていないのか、あるいはこの画角の中に捉えきれていないだけなのか。
結局、一人で悩んだところで答えは出ない。
「カゲンブさん、何か知っていますか?」
彼女は、机の角に下げていた黒いカメラを抱き上げると、まるで生き物に語り掛けるように言葉を発す。
すると、閉じられていた一眼レンズのカバーが自然と外れ、瞳のような赤いレンズがクラヤミを見つめ返してきた。
「どうしたんですか、そんなにジッと見て……?」
気まぐれに意思を持つこのカメラ、持ち主である彼女自身もその心は分からず、いつも振り回されている。
今回も、まるで謎かけのようなこの仕草の答えを考え、頭を悩ませることになりそうであった。
「もしかして、答えは私の中にある……もう知っているはず、ということでしょうか」
うぅんと呻った末に吐き出した当てずっぽう。
それでも正否が分かればと、神頼みのような軽い気持ちで口に出していた。
しかし、相変わらずカメラのレンズは彼女の赤い瞳を見つめ返すばかり。
うんともすんとも反応はなく、手応えが感じられない。
「はぁ……困りましたね。 ですが、これが分かれば新しい七つ目の怪談に加えられそうですし……簡単には諦めるつもりはありませんよ」
こうなれば根競べだとばかりにクラヤミは立ち上がり、原稿を放り出して部室を出る。
座ってばかりでは、出るアイディアも詰まるといもの。
こういう時は歩いて脳へと血を送るに限るのだ。
「やはり、もう一度写真を撮ってみるのが一番でしょうか。 あら、気が付けばもうこんな時間だったのですね……」
あてもなく歩いていたつもりであったが、廊下の色がすっかり変わって別の校舎に来ていたらしい。
足元には赤みが差し、長い影を作っていた。
部室棟のカツカツ足音を鳴らす硬い床ではなく、ワックスの効いた柔らかく滑らかな床。
鏡面のように磨かれたそれは、昇降口から漏れる夕陽を反射して眩し過ぎるくらいであった。
「夕暮れ……昇降口……そういえば、カゲンブさんと初めてお会いしたのもココでしたっけ」
口に出すと、自然とカメラを構えていた。
ファインダーに目を通し、昇降口から抜けた先にある校門を捉える。
その時、彼女の視界にあってはないらないモノが映る。
「え……あれは、逢魔時計……?」
驚き目を離して、目を擦る。
もう一度、肉眼で確かめるが、そこにはいつもと変わらない地面があった。
見間違いであったのか、不思議に思いつつも再度ファインダー越しに確認をとる。
すると、今度はしっかりと『地面に浮かび上がる時計模様』を見ることができた。
「ある……ありますね……!! 無くなったと思っていたのですが……これは、いったいどういう……?」
あの日以来、第一発見者のクラヤミでさえも見つけられず、誰も怪談の真偽を確かめられなかった。
それが、思わぬ形で見つかったのである。
小躍りしたくなる気持ちを抑え、彼女はすかさずシャッターを切った。
しばらくして吐き出された即席写真をまじまじと観察する。
その写真に刻まれた風景、一際目に付く中心部が、淡い光のリングのように不明瞭となっていた。
「これは……私と同じようにボヤけて……!? では、ここが写真の原因……?」
まるで導かれるように、求めていた答えへと辿り着けたらしい。
だが、嬉しいというよりも困惑が勝ってしまう。
「いえ、迷っている場合ではありませんでしたね。 この時間にしか現れない怪談、ならば今この場で行動するしかありませんもの」
ふんす、と鼻息荒く気合いを入れると、ファインダーを頼りに時計模様の上へと歩いていく。
円の中心に立つと、カメラを反転させて向かい合った。
いわゆる自撮りというものだろうか。
少しボタンは押し難いが、なんとかカシャリと鳴る音を頼りに自分を撮る。
「きっと……きっとこれで、怪談の謎が解けるはず……」
クラヤミは、カメラがジジジと即席写真を印刷するのを今か今かと待ち続けた。
期待が膨らむほどに体感する時間は伸びていき、このままいつまでも終わらないんじゃないかと不安がよぎったその時。
ようやく待ちに待った写真は排出された。
手に取って軽く振ると、すぐに絵が浮き出してくる。
「まぁまぁまぁ! なんという……!!」
一目見たクラヤミは絶句する。
写真の縁、余白部分に印字がされていたからだ。
「なるほど……そういうことだったのですね……」
憂うような瞳で、彼女は暮れる陽を見送る。
その影法師の中へ、写真の中身を焼き付けるように。
「残念ですが、この件は秘密にしておきましょう。 立派な七つ目の怪談になり得ますが、やはり七不思議の最後はミステリアスなのがセオリーですしね」
改めて写真を見直してからクルリと手で弄る。
そして、特別ですよ、と小声を零しカメラへと見せつけた。
「この写真は、あなただけが証人です。 誰にも言わない、あなただから最後に見せてあげるんですよ」
そう言い終わると、写真をすぐに伏せてしまい、誰にも見えないように懐へと隠してしまう。
用事を済ませると、クラヤミは部室へ戻り記事の続きに精を出すのであった。
こうして、伊勢海小学校に不思議な噂が広まることになる。
七不思議の七つ目、それは、『誰も知らないし、知ってはいけない』というもの。
そして、さらに不思議なのは、八つ目以降も不思議は増え続けていくことであった。
この小学校に舞い込む事件はまだまだ終わらない。
きっとそれは、七つ目の怪談が明かされるその日まで。




